で、この会話の後、石和はセイに近づいていきます。セイは当然身構えます。身構えつつ、何かが起きるのを期待もしています。ところが、彼はセイの横を大股ですり抜けるだけ。この、何かしそうでしない“寸止め”を、実は石和はよくやります。で、これこそが、石和のモテ男のスキルのうちでもっともわかりやすく、もっとも一般ウケするモテの技のように思えるわたくしなんですの。
セイと夫の愛情豊かな生活というキャンバスの上に引いた、石和という〈一本のたよりない線〉を何度も何度もなぞり、キャンバスに裂け目が生じるかどうかというところで、筆を置いた。その抑制によってメロドラマから遠く離れることに成功したこの恋愛小説を読むと、優しくて物わかりがいいだけの男に色気はないということが了解できます。一歩間違えば単なる嫌われ者になりかねない石和のモテテクに挑戦して、あなたも男の色香を身につけ……られるもんなら、身につけてみて下さいまし(苦笑)。
*<>内は引用箇所を表しています■社長の箴言
恋は寸止め。
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豊崎由実(Yumi Toyozaki)
1961年生まれのライター。「本の雑誌」「GNIZA」などの雑誌で、書評を中心に連載を持つ。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)と『百年の誤読』(ぴあ)、書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)などがある。趣味は競馬とアコギとウクレレ。
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