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トヨザキ社長が選ぶこの本くらい読みなさいよ! 第9回

“恋愛小説”を語れるオトコになりたいなら

2007年12月21日 12時00分更新

文● 豊崎由美

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仕事に追われ「最近、小説を読んでないなぁ」と感じているビジネスマンも少なくないだろう。しかし、時として小説は未来を見据える先見力を養うのに、格好の教材となりうる。『文学賞メッタ斬り!』の共著者としておなじみの「トヨザキ社長」が、ビジネスに役立つオススメの一冊を贈る。

『恋愛小説ふいんき語り』
著者:麻野一哉、飯田和敏、米光一成

“恋愛小説”を語れるオトコになりたいなら

恋愛小説ふいんき語り

著者:麻野一哉、飯田和敏、米光一成
出版社:ポプラ社
価格:1680円(税込)
ISBN-13:978-4591100059

『かまいたちの夜』『トルネコの大冒険』の麻野一哉。『アクアノートの休日』『巨人のドシン』の飯田和敏、『ぷよぷよ』『バロック』の米光一成。
 ゲーム好きも多かろうと推察されるIT系ビジネスマンの皆さんにとっては雲上人であられるこのお三方が合体して、さまざまな小説を読み解いてはゲーム化するユニークな読書啓蒙活動をしているのをご存じかしらん。名づけて、「ふいんき隊」。『ベストセラー本ゲーム化会議』(原書房)、『日本文学ふいんき語り』(双葉社)に続いて、このたび『恋愛小説ふいんき語り』(ポプラ社)を上梓なさったんですの。

 取り上げられているのは、吉屋信子『わすれなぐさ』、村山由佳『天使の卵』、川上弘美『センセイの鞄』、江國香織『東京タワー』、恩田陸『夜のピクニック』、小川洋子『博士の愛した数式』、島本理生『ナラタージュ』、美嘉『恋空~切ナイ恋物語』など、日本の女性作家の手になる全20作品。わたくし、こう見えて小説好きですから、うち19作品が既読だったにもかかわらず、面白かったなー。取り上げられている小説が再読したくなるような、ユニークな視点による読解が丁々発止されてる本になっているんです。

 特に三者の意見が対立するところは読みごたえがあります。たとえば、綿矢りさの『蹴りたい背中』の冒頭部分「さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる」という一文に「あまりに詩的すぎない?」(麻野)、「鳴らないよ!」(飯田)と違和感を表明し、この数行はいらないんじゃないかとさえ言う2人に対し、「だめだめだめいるいるいる。最初の一ページ、傑作だよ。だって、さびしさって鳴らない? オレ、鳴るよ!」と反対する米光さんが、いろんな引用を繰り出しながら「鳴る」ことを証明するくだり。

 鳴る、鳴らないと子供のような言い合いをした末に、米光さんは文庫版に収録された斎藤美奈子の解説における、主人公ハツの五感が外に向かって張り巡らされているという意見に異論を唱える形で、ハツのさびしさはこころの内で鳴っている、ハツは五感を開いているどころか閉じているキャラクターなのだということを実証していくのです。その実証によって、ハツがなぜクラスで孤立しているオタク気質の「にな川」に惹かれていくのか、その心境を説得力豊かに読み解いていくのです。

 非常に真面目に素直に率直に小説と向き合う麻野さん。小説に寄り添うというよりは自分の感性に引き寄せて読む飯田さん。そんな2人の読み方にいちいち「?」を突きつけ、共感という狭い幅で読むことで、『小説/世界』と出会えないのはもったいない。共感できなくても、感情移入はできる」という姿勢で、牽強付会(けんきょうふかい)を怖れない強い気持ちをもって深読みを試みる批評家気質の米光さん。
 基本的にそういう役割で進んでいく、対立を回避しないガチンコの対話が素晴らしい。米光さんの深読みを聞いて、それが自分の納得できる読解なら作品の評価を素直に引き上げる、麻野さんや飯田さんの開かれた精神が素晴らしいのです。たとえば絲山秋子の『袋小路の男』を扱った章で、飯田さんは最初「こんなのぜんぜん袋小路じゃない、わかってない! 以上」ととりつく島もないくらいこの作品を評価しません。でも、その低評価が激論を経ることで「うわこれ、すごい小説だよ、戦慄しました。いやあ、面白いね、本読んで語り合うって」と劇的な変化を遂げるのです。

米光 この多彩で迷宮的な人称の描き方を見て、オレは、この連作は、ある種の共依存的関係を書こうとしてるのかなと思った。それでさ、じつはオレは、飯田さんは、この小説が嫌いって言うんじゃないかなあと予想してたんだよ。
飯田 え?
米光 離婚したばっかりの飯田さんは、ここで描かれている、更新を避け続ける関係が絶対イヤだろうと思ったから。

 ここから4ページ後に、飯田さんの「うわこれ、すごい小説だよ」という発言に至るのですが、わたし、このくだりを読んでいて、米光さんの丁寧な読解に感心したのはもちろんなのですが、おのおのが小説のことを語る言葉の底に、3人の間に通う信頼や友愛、そういう何かとても温かい感情が流れていることに深い感動を覚えたのです。笑いと発見に満ちた鼎談集は他にもあります。でも、心に中学生男子を飼っているこの3人には、友情という武器もある。わたしはそれが本書最大の美点だと思うのです。

 恋愛小説を読めばモテるのでは? 恋の達人になれるのでは? という目論見から始まったというこの鼎談ですが、残念なお知らせがあります(笑)。この本を読んでも、恋の極意はわかりません。けど、本を読む愉しみや、それを誰かと話し合う歓び、そして取り上げられた小説20冊の魅力に関してはバッチリわかります。この1冊を出発点に、IT系ビジネスマンの皆さんも恋愛小説を読み、語れるステキな男子になって下さいまし。

【特別企画】2007年の傑作小説から選ぶ
トヨザキ社長の「年末年始、コレだけは読みたい」

『ゴールデンスランバー』(新潮社)
著者:伊坂幸太郎 

首相公選制が存在する現実とは異なる日本の仙台で、首相暗殺事件が起こり、濡れ衣を着せられた青年が逃げまくるさまを、スリリングかつハートウォーミングに描き抜いた、これまでの伊坂作品の集大成というべき極上の娯楽小説。

『有頂天家族』(幻冬舎)
著者:森見登美彦

京都を舞台に狸と天狗と人間が三つ巴の化かし合いをする、どうぶつ奇想天外ファンタジー。個性的な登場人物らが、著者十八番の言葉遊びと韜晦(とうかい)癖に彩られたレトロな文体にのせられて大冒険。超ラブリイで超笑えるケモノバカ必読書。

『ミノタウロス』(講談社)
著者:佐藤亜紀

ソ連誕生前夜の混沌を駆け抜けた無法者たちの生き残りをかけた日々を描く世界文学クラスの悪漢小説。乾いた詩情に包まれたスタイリッシュな文章によって、眼前に立体的に映像が現れる見事なアクション・シーンの連発に、興奮必至。

豊崎 由美(とよざき ゆみ)

1961年生まれのライター。「本の雑誌」「GNIZA」などの雑誌で、書評を中心に連載を持つ。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)と『百年の誤読』(ぴあ)、書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)などがある。趣味は競馬。

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