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トヨザキ社長が選ぶこの本くらい読みなさいよ! ― 第8回

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上質の“脳トレ”に励んでみたいなら

2007年11月23日 12時00分更新

文● 豊崎由美

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仕事に追われ「最近、小説を読んでないなぁ」と感じているビジネスマンも少なくないだろう。しかし、時として小説は未来を見据える先見力を養うのに、格好の教材となりうる。『文学賞メッタ斬り!』の共著者としておなじみの「トヨザキ社長」が、ビジネスに役立つオススメの一冊を贈る。

『女王国の城』
著者:有栖川有栖

上質の“脳トレ”に励んでみたいなら

女王国の城
著者:有栖川有栖
出版社:東京創元社
価格:2310円(税込)
ISBN-13:978-4488012274

 IT系ビジネスマンの皆さまにおかれましては、ミステリーをお読みになりまして? 毎年12月初めに宝島社から出る『このミステリーがすごい!』の結果なんかにご興味ございまして? というわけで、「このミス」だけでなく『週刊文春』でも年間ベストテンが発表されんというこの時期でございますから、そこで上位に食い込みそうな「新本格ミステリー」を1冊紹介させていただきたいんですの。
 新本格とは頭脳派探偵による謎解きとトリックを重視したミステリー作品群を指し、書き手としては綾辻行人以降、主に島田荘司の推薦を受けてデビューした京都大学推理小説研究会出身者を中心とする若手作家(もちろん、その中には非京大出身者も大勢います)を総称します。

 で、今回ご紹介する有栖川有栖(ありすがわ ありす)は、1989年に火山の噴火に巻き込まれた大学の推理小説研究会のメンバーが遭遇する連続殺人事件を描いた『月光ゲーム』でデビュー。作者と同名の有栖川有栖というワトスン役を従えた名探偵・江神二郎を登場させ、「新人らしからぬ力量」と大変な評判を呼んだんでありました。『女王国の城』はその江神シリーズ(前は「学生アリス」シリーズって呼ばれてたんですけどねー)の第4作目。なんとシリーズ前作から約15年ぶりなんでありますが、これがなかなかに知的かつ面白い読み物になっておりましてよ。

 舞台となるのは木曾の開田高原に近い架空の街・神倉。大学に顔を見せなくなった江神のことを気にかけた推理小説研究会の後輩たち、アリス、マリア、望月、織田の4人が、江神の行き先であるらしい神倉へとレンタカーを走らせる場面から物語の幕が開きます。神倉といえば膨大な資金力をバックに急成長を遂げている新興宗教・人類協会の聖地。人類協会がUFOに乗った救世主・ペリパリ様の降臨を待つというかなり奇妙な団体だけに、アリスたちは江神の神倉行きが心配でならないのです。
 さて、神倉に着いた一行を迎えたのは総工費80億円を投じて建てられた「城」の威容を誇る巨大な協会総本部。江神の所在の確認は取れたものの、「昨夜から百時間の瞑想に入っていらっしゃいまして、今はどなたともお会いになれません」とけんもほろろの応対を受けた4人は、協会サイドの言い分が信じられず、何とか内部に侵入しようと試みます。が、翌日、協会から「誤解があった」と謝罪の電話が入り、一行は江神と再会。ところが、その直後、協会内部で殺人事件が起きてしまうのです。警察は呼ばず、自分たちの力で犯人を見つけたいと主張する協会幹部によって軟禁状態に置かれてしまう5人。巨大な密室と化した城内部で、その後も起きる第2、第3の殺人事件。江神らはその謎を解くことができるのか――。

 と、まあ、こんな話になっているんですの。メインとなるのはもちろん協会総本部内で起きる密室状況下での連続殺人事件で、そういうまったく価値観の違う人々に囲まれた孤立無援に近い状況の中、限られた情報をもとに推理を進めなければならないという設定や、終盤に作者本人からの「読者への挑戦」を置くスタイルに見られる、有栖川さんのエラリー・クイーン(『Yの悲劇』などの傑作推理小説で知られる、ダネイ&リー2人による共作ペンネーム)マニアぶりが楽しいミステリーではありますの。現在進行形の連続殺人事件に、11年前に神倉で起こった密室殺人と人間消失をめぐる不思議な出来事を絡ませ、謎に奥行きを与えた手練れぶりもさすがです。

 おまけに今回はUFO信者の聖地が舞台ですからSFネタも投入されていて、作中、1970年に大阪で開催された万博のことや、ジャック・フィニィの『盗まれた街』といったSF小説、ハンガリー作家カリンティのディストピア不条理小説『エペペ』、『プリズナーNo.6』のような海外の人気テレビドラマなどについて、研究会の面々が語り合うシーンは本筋から離れて楽しめる、いい息抜きになってもおりますの。
 また、終盤でマリアと織田と望月の3人が、ついにバイクで城からの逃走を果たすのですが、神倉がほぼ全員信者で固められているため街からも脱出できない――つまり、密室が城と街の二段構えになっている構成も見事といえましょう。別名「パズラー」とも呼ばれる本格推理モノといえば、怜悧な頭脳を持った名探偵が、屋敷内で起きた殺人事件について容疑者からアリバイなどを取材しながら、主に頭の中だけで推理を組み立て、最後は全員の前で犯人を名指しする、みたいな固定的イメージをもたれがちです。しかし、有栖川さんは街という広い空間までも密室化することで、頭だけでなく体(アクション)を必要とする、固定観念を打ち破るスケールの名探偵ものを書き上げたのです。

 推理あり、SFあり、サスペンスあり、アクションあり、バイオレンスあり、ほのかな恋愛小説の香りありの、愉しみ多かりしミステリー。2段組500ページもの大作ですが、一気読みできること請け合いです。頭の体操と思って、IT系ビジネスマンの皆さんも、ぜひ、どうぞ。

豊崎 由美(とよざき ゆみ)

1961年生まれのライター。「本の雑誌」「GNIZA」などの雑誌で、書評を中心に連載を持つ。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)と『百年の誤読』(ぴあ)、書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)などがある。趣味は競馬。

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