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トヨザキ社長が選ぶこの本くらい読みなさいよ! 第11回

壮大なスケールの「構想力」を身につけたいなら

2008年02月28日 12時00分更新

文● 豊崎由美

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仕事に追われ「最近、小説を読んでないなぁ」と感じているビジネスマンも少なくないだろう。しかし、時として小説は未来を見据える先見力を養うのに、格好の教材となりうる。『文学賞メッタ斬り!』の共著者としておなじみの「トヨザキ社長」が、ビジネスに役立つオススメの一冊を贈る。

『新世界より』
著者:貴志祐介

壮大なスケールの「構想力」を身につけたいなら

新世界より

ハイコンセプト
著者:貴志祐介
出版社:講談社
価格:1995円(税込)
ISBN-13:978-4062143233

 わたくし、若い頃に2年間ほど編集プロダクションに勤めた経験しかなく、大きな会社でおそらくは日常的に行なわれていると思われる「プレゼンテーション」というものをしたことがないんですの。でも、そんな無知蒙昧なわたしでもプレゼンにはグランド・デザイン(全体の構想)が必要不可欠なんであろうってことくらいはわかります。で、入社式で「構想なき者は去れ!」なんつーことを佐藤浩一みたいな上司から言われてみたかったわん。と、思ってみたりもする46歳の冬。
 さてさて、IT系イケてるビジネスマンの皆さんにとっては常識であるグランド・デザインですが、それって小説にとってもすっごく大事な要素だったりするわけです。特に長篇小説。「構想なき作品は逝け!」っつーくらい重要だと思し召せなんですの。

 けど、ビジネス文書と違って、全体の構想がありゃいいってもんでもないのが小説の難しいところで。たぶん、ビジネスの現場では構想を先に出して、それを実現させるためには何をどうすればいいのかって細部の検討に入るんだと思うんですが(間違ってたら、ごめんよお)、小説でそれをやったらトーシロー。グランド・デザインは物語の勘所、つまりネタと呼ばれるオチの部分と密接に関係してるので、最初に明らかにしちゃったんじゃあ興醒め必至。読む気が起きない駄作に堕しちゃうんです。
 小説ではむしろ細部から入って、そのディテールの描写の積み重ねによって、じわじわとグランド・デザインが浮かび上がってくる構成が良しとされています。で、今回ご紹介するのが、そのお手本とも言うべき貴志祐介の『新世界より』なんです。
 貴志さんといえば、『黒い家』で日本ホラー小説大賞を、『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞長編賞を受賞。これまで直木賞候補に挙がらなかったのが不思議なほどの実力派なんですが、『新世界より』は、その貴志さんが新境地を開拓したといえる傑作ファンタジーなのです。

 舞台となっているのは、人類が「呪力」という万能の力を手に入れた1000年後の世界。35歳の語り手、渡辺早季が未来の同胞に同じ間違いを繰り返してほしくないという思いを込め、過去に起きた悲劇を回想するというスタイルの物語になっています。「八丁標(はっちょうじめ)」という注連縄(しめなわ)によって外界の敵や危険から守られた、のどかな町で大切に育てられている子供たち。でも、それは表面的な平和であり、子供たちの間ではしかるべき年齢までに呪力を目覚めさせられなかったら、「ネコダマシ」と呼ばれる恐ろしい生物によって消されるという噂が流れており、大人たちは大人たちで「悪鬼」と「業魔」の伝説に怯えているのです。

「東北アジアにおいては、人間の社会は四種類の相容れない単位に分断されていました。(略)第一は、少数のPK(編集部注:PKは「Psychokinesis:サイコキネシス」の略で、意思の力で物体を動かす超能力のこと)能力者が多数の一般人を支配する奴隷王朝。第二は、山野に隠れ住み、移動し続けることで奴隷王朝の脅威から逃れていた非能力者の狩猟民。第三は、家族単位で放浪し、PKによって襲撃と殺戮を繰り返していた略奪者たち。そして最後は、先史文明の遺産により電力供給を維持し、細々と科学技術文明を伝承していた集団です」 「悪鬼は、これまでに、全世界で、三十近い症例が記録されているの」 「危険な因子を持った子供はあらかじめ排除する」 「八丁標は外敵ではなく、内なる敵に対処するために作られた」 「旧倫理規定では、人権が発生するのは、受胎後二十二週目からだった。(略)新しい倫理規定では、これを生後十七歳までに後倒しにした」 「普通の家猫を、呪力によって品種改良し、不浄猫を作り出した」

 などなど、作中のそこかしこに不吉な言葉を配し、それらの謎が明らかになっていくにつれ、グランド・デザインともいうべきテーマが物語の中から立ち上がってくる。で、最後に大きな感動を用意するという、エンターテインメント小説の鑑のような構成の小説になっているのです。

 上巻のⅠ部、12歳の早季が夏休みを利用して、仲のいいクラスメートの瞬、覚、真理亜、守とカヌーでキャンプに行くエピソードのクライマックスシーン以降、物語は疾風怒濤の勢いで走り出します。禁止区域に足を踏み入れた早季らは、西暦2129年までに日本語で出版されたすべての書籍、および他の言語で印刷された参考図書を保存した、「ミノシロモドキ」と呼ばれる生体形の記憶装置を捕獲。人類にまつわる驚くべき、そして忌むべき真実を知ることになるのです。
 ここからは一気呵成。ページを繰る指が止まらなくなるのは必定です。同じ間違いを繰り返し、流血によってでしか“新しい世界”を作ることができなかった人類。貴志さんは、この読んで抜群に面白い物語の中にさまざまなテーマを投入し、最後、希望にまつわるグランド・デザインを高らかに謳い上げて、物語の幕を下ろします。間違いなく2008年の上半期を代表するこのエンタメ小説で、全体の構想がなんたるかを学んで下さいまし。

豊崎 由美(とよざき ゆみ)

1961年生まれのライター。「本の雑誌」「GNIZA」などの雑誌で、書評を中心に連載を持つ。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)と『百年の誤読』(ぴあ)、書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)などがある。趣味は競馬。

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