ディープテックが切り拓く社会実装の未来――最先端スタートアップ8者が明かす知財と共創戦略
NTTデータ「オープンイノベーションフォーラム 豊洲の港から 第2回定例会 ディープテック」 イベントレポート
2026年9月9日、株式会社NTTデータは新規事業の創出を目的としたオープンイノベーションフォーラム「豊洲の港から」の第2回定例会をオンラインで開催した。本フォーラムは、最先端の技術を持つ世界のスタートアップ、大手企業・金融機関・公共機関、NTTデータによる「Win-Win-Win」の協業を目指し、毎回テーマを変えて実施されている。今回は「ディープテック」をテーマに、スタートアップ、研究室8者によるピッチが行なわれた。
開会にあたり、司会進行を務めるオープンイノベーション・チーム主任であり「豊洲の港から」船長の佐藤昌弘氏が登壇し、13年にわたる活動の成果を報告した。Cloudpick(クラウドピック)との連携によるウォークスルー店舗の展開、SNS情報の真偽を判定する技術を持つ株式会社Specteeへの出資、データセンター点検業務等で協業するugo株式会社との取り組みなどが紹介された。
続けて佐藤氏は、今回のテーマである「ディープテック」について「技術革新や成長投資を牽引しユニコーン化の潜在力を持つ一方、事業化と収益化には長期間と多額の資金を要する技術やスタートアップである」と説明した。そのうえで、「本日はディープテックの全体像を捉えるとともに、最前線で挑戦するスタートアップのピッチを通じて、新たなビジネス創出と知財戦略の結びつきを感じてほしい」と参加者に呼びかけた。
ディープテックの現在地――高い研究力と社会実装・人材の壁
基調講演では、ASCII STARTUPの鈴木が登壇し、日本のディープテックを取り巻く現状と課題について解説した。
スタートアップ、エコシステムの取材経験から、従来のインターネット、ソフトウェア中心のスタートアップとディープテックの違いを解説。短期間で急成長しやすいソフトウェア領域に対し、ディープテックは「現実世界の変革」を目的とするため、社会実装までに長い時間と多額の資金を要すると指摘した。
調査企業Startup Genomeの「Global Startup Ecosystem Report 2025」によると、東京を中心とするスタートアップエコシステムの評価は総合で世界11位である一方、知財・研究力においては世界3位を誇り、大学や研究機関に眠る技術や知財のポテンシャルは極めて高いという。しかし「政府のスタートアップ育成5か年計画により、大学発スタートアップの数は前倒しで6220社となったが、事業化を担う人材や成長期の資金の不足が大きな壁となっている」と述べた。
これら社会実装における課題を乗り越えるため、「大企業が持つ資金や顧客ネットワーク、市場への接続力といったアセットを活用し、日本全体でエコシステムを構築していくことが不可欠である」と強調した。
ここからは、各分野で革新的な技術を展開するスタートアップ、大学研究室の8者によるピッチプレゼンテーションの内容を紹介する。
「針を刺さない電気浸透流」でセルフケアを革新(株式会社bionto)
東北大学発スタートアップの株式会社biontoは、生体イオントロニクス技術を活用し、ヘルスケアやセルフメディケーションを革新する家庭用デバイスの開発を行なっている。同社が取り組むのは、「皮膚から安全かつ効率的に成分を届ける」技術だ。
日々の身体ケアは「塗る・貼る・飲む」といった従来の手法から大きく進歩しておらず、有効成分が皮膚の奥まで届きにくい課題があった。また、成分を深部まで届けるために針(マイクロニードル)や強い電流(イオン導入)で浸透させる手法も、皮膚を傷つけるリスクや火傷といった安全性・侵襲性の壁に直面していた。
同社はこの課題に対し、先端が尖っていない台形状の「多孔質マイクロニードル」を皮膚に押し当てることで皮膚の電気抵抗を劇的に下げ、独自の「イオントロニクス」技術による電気エネルギーで水流を生み出す「電気浸透流」を人工的に発生させる技術を開発した。これにより、皮膚を傷つけることなく、従来の塗布と比べて10倍以上の効率で有効成分を深部まで浸透させることが可能となる。これまで注射でしか投与できなかった成分の浸透も期待できるという。
同社代表取締役の妹尾浩充氏は、「美容領域(ビューティーテクノロジー)での一般向けエントリーモデルの開発やクラウドファンディングを現在進めている。将来的には『自分で投与できる医療機器』としての薬事承認を目指している」と述べた。
宇宙ビッグデータ×AIで世界の水道インフラを救う(株式会社天地人)
株式会社天地人は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の現役職員や航空宇宙工学の専門家らが立ち上げたJAXA認定ベンチャーだ。同社は、現在国内外で深刻化する「上下水道インフラの老朽化」の課題に取り組んでいる。
人口減少に伴って水道料金収入の減少する中、従来の漏水調査は作業員が道路を歩き、聴診器のような器具で漏水音を聞き分けるという極めて労働集約的な手法に頼らざるを得ないのが現状であった。
「宇宙水道局」は、人工衛星データ(地表面温度、地盤変動など)と地上データ(地質、土壌、水道管構造、過去の漏水履歴など)を組み合わせ、AIを用いて水道管の「健康診断」を行なうクラウド型サービスだ。リスクをA〜Eの5段階で判定・可視化し、漏水可能性の高い区間をピンポイントで提示する。
このシステムの導入により、10キロ歩いて約0.7カ所しか発見できなかった従来の調査に比べ、10キロあたり約4.1カ所(約6倍)と発見率が劇的に向上し、漏水1カ所あたりの調査費用を79%削減することに成功したという。
取締役CFOの木村紋子氏は「サービス開始から約3年で国内累計80以上の事業体に導入されたほか、フランスでの有償契約締結をはじめ、世界の上下水道市場への本格展開を進めている」と今後の展望を語った。
国産小型風観測ライダーで風と物体を3次元可視化(メトロウェザー株式会社)
京都大学発スタートアップのメトロウェザー株式会社は、大気中の風の動きや、肉眼では捉えきれない微小なドローンなどを可視化する「風観測ライダー」を開発・提供している。同社の最大の強みはハードウェアの製造にとどまらず、ノイズの中から微小な信号を抽出・解析する独自の信号処理技術にある。大気中に照射した赤外線レーザーの散乱光を解析し、ドップラー効果を利用することで、目に見えない風の動きを3次元かつリアルタイムに測定する。さらに、物体からの強い散乱光を捉えることで、不審なドローンの正確な検知も可能にしている。
同社の技術は「EXPO2025大阪・関西万博」でも活用され、大阪南港に設置したライダーで半径約15キロ圏内の風を測定し、「空飛ぶクルマ」の運用支援を行なった。
代表取締役CEOの古本淳一氏は、「過去のデータからの類推に頼る従来のAIでは、ゲリラ豪雨などの極端な気象現象を予測することは困難である。しかし、メトロウェザーのシステムは、リアルタイムな位置情報と風データを供給し続けるプラットフォームとして、気象予測や航空機の安全運航において大きな強みを発揮する」と語る。
今後は、防衛省との研究開発による「防衛領域」と、発電所や変電所、ターミナル駅といった重要インフラを警備する「民間領域」の双方(デュアルユース)をターゲットに据え、さらなる市場開拓を推進していく方針である。
高解像度リアルタイム微気象シミュレーションで街を変える(ディーウェザー株式会社)
東京科学大学発スタートアップのディーウェザー株式会社は、建物や地形の影響を強く受ける地上付近の局所的な気象現象「微気象」に注目し、高解像度でシミュレーション・リアルタイム予測する技術の実装に取り組んでいる。
数キロ単位で予測する一般的な天気予報とは異なり、同社の微気象シミュレーションは「縦横2キロ×高さ数十〜数百メートル」といった限定的な領域において、数メートル・数秒単位の緻密な予測を行なうのが特徴だ。この技術により、建設現場での熱中症リスクの低減、ビル風による空調エネルギー損失の抑制、ドローンなどエアモビリティの運航阻害といった、都市や郊外が抱える多様な課題の解決を目指している。
気象庁などが提供する広域計算データと、建築物や人工排熱などの都市の3D地理データを事前に登録し、高精度な微気象計算を行なってWeb API経由でデータを提供するSaaS型のプロダクトだ。代表取締役の小西亮平氏は「地上センサーを設置しない『センサーレス』での予測が可能であり、さらに実測データと連携させることで予測精度を一段と高めることができる」と、その技術的優位性を語った。
すでに具体的な活用も進んでおり、東急不動産株式会社との連携プロジェクトでは、渋谷エリアの暑さ指数(WBGT)をリアルタイム予測し、デジタルサイネージやスマートフォンアプリを通じて「暑さを避けて移動できる涼しいルート」を案内する実証実験を実施し、好評を得た。
今後は、ドローンや「空飛ぶクルマ」の安全な無人運航を根底から支える「次世代の気象インフラ」としての普及を視野に入れ、さらなる事業拡大を目指している。
独自の「カーボン空気二次電池」で都市型蓄電に革命(CASB power Inc.)
東京科学大学発のプロジェクトとして設立準備を進めている「CASB power Inc.」は、ネットゼロ社会の構築とエネルギー安全保障の実現に向け、都市部での再生可能エネルギー普及に不可欠となる「次世代コンパクト蓄電池」の開発に挑んでいる。
現在、蓄電池の主流となっているリチウムイオン電池は優れたエネルギー密度を持つ一方で、大容量化に伴う巨大な設置スペースの確保、発火リスクなどの安全性の問題、そしてリチウムなどのレアメタルの資源制約や価格高騰といった大きな課題を抱えている。
これらの課題を根本から解決するのが、CEO兼同大学の伊原学教授らが20年以上の歳月をかけて開発した独自のシステム「カーボン空気二次電池(CASB)」だ。この画期的な蓄電池は、リチウムなどの希少金属を一切使用せず、炭素(カーボン)と空気中の酸素だけを用いて充放電を行なう。
「最大の強みは『超コンパクト・安全・安価・安定供給』という4つの要求を同時に満たしている点にある。商用レベルの1MWhサイズで比較しても、従来のリチウムイオン電池システムをはるかに凌ぐ劇的な小型化が可能である」と伊原氏は、その技術的ポテンシャルを強調する。
すでに基礎研究のフェーズは完了し、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の「ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)」の助成金も獲得している。次世代の社会インフラを支える蓄電システムの実証・製品化を力強く推し進めていく構えである。
3D/4Dフードプリンティングで「食を転送する未来」へ(株式会社F-EAT)
山形大学発スタートアップの株式会社F-EATは、3Dフードプリンターをはじめ、最新の食材保存技術、食感解析、XR(クロスリアリティ)を用いた食空間設計を掛け合わせ、「食を転送する未来(ガストロバース:美食超空間)」の実現を目指している。
同社の特徴は、開発成果を直接社会に提供して一般ユーザーの体験データを収集する「公開型R&D」を重視している点にある。山形大学で開催した「ラーメン工学科」イベントでは、光や音楽の演出、液体窒素を駆使した新感覚のフードテックラーメンを提供した。また、「EXPO2025大阪・関西万博」のハンガリーパビリオンに関連する取り組みでは、XR技術を活用し、現地レストランの空気感を再現する実験を行なっている。
テクノロジーの柱となるのは、食材を乾燥させずにマイナス196度の液体窒素で凍結粉砕し、風味や栄養価を残したまま長期保存できる粉末素材にする「低温凍結粉砕含水ゲル粉末」と、出力する形状だけでなく食感までをも設計できる「3Dフードプリンター」だ。
代表取締役の伊藤直行氏は「サクサクザクザクといった人間の感覚を数値化し、食品内部の構造をコントロール。これにより、咀嚼力の弱い高齢者でも、安全かつ豊かな食感を楽しめるパーソナライズ食の提供が可能になる」と語る。
この技術を活用して、地方の豊かな食材や美食体験を海外や高齢者施設へ届けるだけでなく、2040年には究極の極限環境である「宇宙空間(軌道上)」への食の転送ポッド開発を見据え、壮大なスケールでプロジェクトを推進している。
汎用振動子で再現する広帯域・高精度な「触覚メディア」(株式会社TouchStar)
東北大学発スタートアップとして2025年10月に発足した株式会社TouchStarは、「映像(YouTube)や音楽(Spotify)のように、触覚体験をデジタルデータとして保存・共有できる世界を創る」というビジョンを掲げるスタートアップだ。
同社代表取締役の石田健太氏は「これまで、触覚領域においてウェブサービスやメディアが発展しなかった大きな要因は、ハードウェアの表現力の限界にあった。一般的なスマートフォンなどに搭載されているバイブレーター(リニア振動子)は、100Hz〜200Hz程度の狭い周波数帯しか再生できず、アラームなどの単純な振動しか表現できなかったためである」と語る。
この課題に対し同社は、東北大学の特許技術を活用した独自のアルゴリズムを開発した。これは、リアルな触覚が持つ広帯域な振動(数十Hz〜数kHz)を人間の体感レベルで定量化し、汎用的な振動子が再生できる周波数帯へと高度に変換する技術である。
これにより、専用の特殊なハードウェアを追加することなく、既存のスマートフォン単体で「革をなぞる質感」や「ザクザクとした感触」といった高精細な触覚の再現に成功した。専用アプリのインストールも不要で、触覚体験を共有することが可能だ。
この技術は、エンターテインメントやVR分野のみならず、製造業における触覚の定量検査や熟練工の技能伝承など、あらゆる産業への応用を展開している。
DNAデータストレージでデータ爆発を解決(名古屋大学伊藤研究室)
名古屋大学伊藤研究室発のチームは、AIの急速な普及に伴う世界的な「データ爆発」と、データセンターの電力消費量の急増という課題の解決に向け、「DNAデータストレージ」の開発に取り組んでいる。
ターゲットとするのは、全データの50%以上を占めるアクセス頻度の低い長期保管データ「コールドデータ」だ。デジタルデータの「0」と「1」をDNAの塩基配列(A、G、T、C)に変換して保存するこの技術は、従来の磁気テープと比べて桁違いの記憶容量(2ペタバイト級を目標)を誇り、消費電力を約7分の1、交換を含めたトータルコストを約10分の1に削減できる。
従来のDNAストレージはカプセルに密封保存するため、データ読み出し時にカプセルが破壊され、毎回高額な「DNA再合成」が必要になる点が大きなコスト課題であった。この技術的ブレイクスルーについて、同研究室の客員起業家(EIR)である坂上訓康氏は、「独自構造を採用することで、DNAを非破壊で行き来させ、再合成コストをかけずに繰り返し保存・取り出しができるデバイス(プロトタイプ約2センチ)の開発に成功した」と説明する。
ディープテックの社会実装へ向けた共創の輪
基調講演および全8者によるピッチの終了後、佐藤氏の閉会挨拶では、今後先端技術における防衛・安全保障と民間利用の融合などについてさらに議論を深めていくとし、日本の大学や研究機関に眠る世界最高峰の技術(知財)と、スタートアップの機動力、そして大企業が持つ圧倒的な事業アセットを活かしていきたいと語った。これらが結びついたとき、世界を変えるディープテックの社会実装が大きく加速する――その確かな可能性を強く印象づける場となった。
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります















































