“もう長く水の中を泳げない”男が見た、最後のスピード

一度“湾岸”を知った人間は、もう戻れない──全話無料公開中の「湾岸ミッドナイト」おすすめシーンを紹介しますヨ

文●モーダル小嶋/ASCII

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読んで楽しかった‥
それだけじゃあもったいない

 ヤンマガWebは6月2日、楠みちはる氏の漫画「湾岸ミッドナイト」を全話無料公開するとXで告知しました。全話無料期間は6月8日までです。

 「湾岸ミッドナイト」は、主人公の朝倉アキオが駆る「悪魔のZ」こと日産・フェアレディZと、それを取り巻く人間模様、クルマに魅入られた男たちの走りと執念を描くカーバトル漫画です。

 チューニング、人生、仕事、才能、執着が絡み合う独特の語り口で知られ、「名言が多い漫画」として語られることも多い作品。

 もちろん、この機会に「読んで楽しかった」で十分にすばらしいのですが、それだけじゃあもったいない。名言、名シーンを語りたいじゃないですか。というわけで、誰にも頼まれていませんが、筆者が忘れがたい名シーンを紹介しますヨ──。

「機械は機械でしかない」のに
それ以上に思えてしまう瞬間

 筆者が「湾岸ミッドナイト」でとりわけ好きなシーンは、「絶対に機械は機械でしかないのに どうしてもそれ以上に思えてしまう時がある」というモノローグからの流れです。

 この言葉が出てくるのは、「マサキ編」(ヤンマガWebでいうと「SERIES 23 赤坂ストレート」)。事故を起こして以来スピードの世界からは遠ざかっていた外車ブローカーのマサキが、湾岸線で悪魔のZに遭遇し、Zと、島 達也の愛車・ブラックバードとの三つ巴の内回りバトルに挑み、赤坂ストレートで300km/hに挑戦するシーンです。

湾岸MIDNIGHT(8) (ヤングマガジンコミックス)

 マサキと古くからの知り合いだったチューナー、大田和夫による「大田マジック」と呼ばれるチューニングにより、マサキの乗るFD3Sが信じられないエンジンパワーを出したとき、マサキの回想シーンが始まります。

 回想の中で、「クルマを擬人化する奴っているよナ たとえば──売ろうとしたらスネたようにコワれたとか‥ オレはキライなんだヨ そうゆーの」と、大田は語ります。そもそも、売ろうとした時点でオーナーの心は車から離れているわけで、当然壊れる確率は高い。機械がトラブるには、必ず原因があるというわけです。

 しかし、大田は続けます。「‥ただ 本当に時として‥‥奇跡としか思えないこともコトがあるのも事実だ」。そして、モノローグが流れるのです。

絶対に機械は機械でしかないのに
どうしてもそれ以上に思えてしまう時がある
奇跡はあった
本当に幾度も
命をのせて走ってきたものなら
誰もがそれを知っている

「もどれない」── 陸に上がった魚の哀しさ

 ただ、このシーンの儚いところは、このあと。

 命をのせて走ってきた、走りの中にある奇跡を知っているマサキは、それでも次のように考えるのです。

思わなかった‥
もう一度こんな瞬間がくるなんて‥
最高のマシンと、同じ言葉で話せる仲間‥
‥だけど もうあの頃とはちがう‥
もどれない
一度陸に上がってしまった魚は‥
もう長く水の中を泳げない

 そう、一度スピードの世界から離れたマサキは、Zとブラックバードとの走りに魂を震わせつつも、自分はその世界に長くはいられないと感じているのですね。

 結局、マサキはエンジンブローを起こし、バランスを崩してクラッシュしそうになったところをアキオに助けられます。

 そのあと、マサキは「スピードファクトリー RGO」の仲間から誘われ、またクルマの世界に戻ろうとするものの、パートナーのマーミに「あんたはもう二度と走らない‥ ──いや走れない」と指摘されてしまう。ノーマルで乗ることを条件にFD3Sをプレゼントされ、妻として共に生きてゆく決意を聞かされたあとに(ヤンマガWebでいうと「SERIES 24 マサキ」の部分)。

速さに取り憑かれた人間は
勝っても負けても“戻れない”

 マサキというキャラに哀しさがあるとしたら、Zやブラックバードのように、わかりやすく神話化された存在ではないということかもしれません。それなのにも関わらず、作品内に通底している「速さに取り憑かれた人間は、勝っても負けても“戻れない”(こともある)」という業を、かなり生々しく背負っている人物でもあるのです。

 速く走りたい、勝ちたい、目立ちたい……という単純な段階を過ぎている。クルマの怖さも、湾岸の危うさも、走ることが人生を削る行為だということも理解している。それでも、「やめたほうがいい」と頭ではわかっているのに、身体と心がそちらへ戻ってしまう。しかし、「やめたほうがいい」という大人びた諦念も持っているという、矛盾した哀しさ。

 何も知らない人間なら「知らなかった」で済むのに、マサキは知っている。知ったうえで戻ってしまい、「もう長く水の中を泳げない」世界に再び舞い戻ろうとまでしてしまう。でも、「ずっとあんたは おりる理由を探していたから──」とマーミに諭されてしまうくらい、現実もわかっていたと。

 平凡な生活・家庭・仕事の側にいったん戻ろうとしても、湾岸やチューニングの世界を知ってしまった人間は、もうそこに完全には馴染めない。でも、常人ならざる世界を知ってしまったからこそ、「自分はそこにいられない」とも思う(間近にいる人に見抜かれるほどに)。このどうしようもなさ、湾岸ミッドナイトの登場人物に共通する“戻れなさ”をある意味で一番背負っているのが、マサキだと思うんですよ。

無料公開は6月8日まで
気づいた時にはもう遅い そうゆう生き方はイヤだよね‥て

 マサキの哀しさは、速さに取り憑かれた者の末路であると同時に、何かに本気で魅入られてしまった人間なら少しだけわかってしまう、危うい憧れでもあります。だからこそ「湾岸ミッドナイト」は、カーバトル漫画でありながら、人生の引き返せなさを描いた物語として今読んでも刺さるのです。一度“湾岸”を知った人間は、もう“戻れない”。

 全話無料公開中のこの機会に、悪魔のZと、それに魅入られた男たちの“戻れない”物語を読んでみてはいかがでしょうか(ヤンマガWebはこちら:https://yanmaga.jp/comics/%E6%B9%BE%E5%B2%B8MIDNIGHT)。

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