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Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第8回

【文化庁文化政策調査分析官・林保太氏】「発見される日本」はもう卒業だ。街の記憶をアセットに変え、日本を再言語化する「50年スパンの文化駆動OS」

文●玉置泰紀(エリアLOVEウォーカー総編集長)

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100年後の「文化財」を今どう作るか

玉置: さて、最後の質問になりますが、林さんの本領とも言える「文化財」の話を伺いたいと思います。最近は、博物館、美術館の経営が議論になることが多いのですが、文化財のあり方そのものが大きな転換期を迎えていますよね。

林: 文化財をめぐる問題は、実は今、非常にホットで切実な状況にあります。

玉置: 僕も、京都市埋蔵文化財研究所の理事会に行ってきたばかりですが、発掘調査で出た遺物を入れる倉庫が100%近くまで埋まってきています。毎年何百箱と増え続け、あと数年で物理的にパンクしてしまう。捨てたくはないけれど、置く場所もないという極めて矛盾した状況です。こうした中で「文化財をどう活用していくか」は避けて通れないテーマだと思うのですが、林さんはどうお考えですか?

林: 既存の文化財行政には「タブー視されている(アンタッチャブルな)部分」があると感じてきました。これまでの日本の文化財保護は、一度文化財指定をしたらそのものが滅失しない限り指定を解除することはなく、すべてを蓄積していく」という前提で運用されてきました。そして、モノを未来永劫残そうとしてきた結果として、さまざまな部分で無理が生じていても、モノの方が大事、というように感じられる状況を生んできたのではないかと思われ、そこはもう一度、冷静に考え直すべきタイミングだと思います。

京都市埋蔵文化財研究所。京都市の西陣にある

「指定解除」や「見直し」というタブーへの挑戦

玉置: 「すべてを残す」ことの限界ですね。

林: 指定解除という話はこれまでタブーに近いものでしたが、後から価値が変わることもあれば、「実は言われていたほどの価値ではなかった」と判明することもある。でも、これまでは「先輩が決めた指定だから否定できない」というような空気もあって、焼失してしまったりしない限り、指定の見直しは行われませんでした。指定文化財には、修理に膨大な公金が投じられていますが、それが現在の社会、今生きている人々、そして、未来の人々にとってどう活きるのか。そういった議論なしに「文化財に指定されているのだから良いものである」と確信的に突き進むのは、未来に対する責任ある態度ではないのではないかと思います。

大阪が切り拓いた「官民連携」の新しい公共

玉置: 活用という面では、僕も多少関わってきた大阪の事例が興味深いです。大阪城公園や万博記念公園でのPFI(民間の資金・ノウハウ活用)の導入です。これは本当に大きな先駆けでした。それまでの「指定管理」は、いかに維持費を安く抑えるかという消極的なものでしたが、大阪では「20年、30年と長期で貸し出すから、そこでしっかり稼いで、その分場所を良くしてくれ」というルールに変えた。民間に「金儲けしていいですよ」と解放したわけです。

林: 従前のノンエコノミーの発想からは、想像もできない突破口でした。国民のアセット(資産)を死蔵させず、有効に運用する。もちろんバランスは大事ですが、今を生きる人たちが楽しみ、豊かさを感じるために活用してこそ、文化財は次の世代に引き継がれる意味を持つと思います。

「太陽の塔」が証明した、仮設が永遠になる瞬間

玉置: 僕は万博記念公園の審議委員として、「太陽の塔」の内部再生(生命の樹の復活)にも関わってきました。あの塔も、50年経ってようやく重要文化財になりましたが、もともとは仮設で壊される運命だったんですよね。

 当時の若手建築家たちが、仮設なのに「ちゃんと持つように」頑丈に設計していた。その結果、今は価値が再認識され多くの人に愛されている。岡本太郎さんの作品には、そういう数奇な巡り合わせや、人の熱量を引き寄せる力がありますよね。

 渋谷の『明日の神話』も、メキシコで見つかって、修復を経て、いまや渋谷の象徴になっています。文化財って、モノ自体の力もさることながら、そこに関わる人たちの「執念」のようなものが形にするものなんですね。

 大阪城の天守閣も同じで、この「復興天守」は鉄筋コンクリート造、当初からエレベーターまでついていた。当時の行政ではなく、大阪の民間人たちが「俺たちの城を自分たちで作るんや」と金を出し合って作った、バリアフリーの先駆のような建物です。それが今や登録有形文化財として価値を認められている。

林: 必ずしも完璧な復原だけが正解なのではなく、その時代その時代の熱量が刻まれた「新しい文化財」の形があっていいと思います。これまでの「守り方」だけでは、あと50年もすれば今まで守ってきた文化財自体も維持できなくなってしまうと思います。だからこそ、現場の知恵と民間の活力を入れ、進化させていく。100年後の人たちに「21世紀の先人たちが「守り方」の選択肢を増やしておいてくれたおかげで、今の文化があるんだ」と思ってもらえるような、そんな攻めの文化財行政を期待したいし、私自身も進めていきたいと思っています。

玉置: 「守りきれない現実」を「攻めの活用」に変える。林さんのその覚悟が、次の50年の日本を面白くしそうです。

林: 文化政策をデータで分析しながらも、常に現場の「熱量」を反映させていきたいですね。

林氏と筆者(右側)

【玉置の眼(編集後記)】

 林保太さんという人は、実に不思議なバランス感覚を持った「戦略家」だ。

 文化庁という、ともすれば「過去の遺産を大切に箱にしまっておく」ことが正義とされる組織にいながら、彼が語るのは常に「現在進行形のエコシステム(生態系)」であり、「30年、50年先を見据えた構造改革」である。

 林さんは言う。「日本に暮らす人々は、自分たちの文化を自分たちの言葉で再言語化しなければならない」と。 外からの評価(インバウンドや海外の賞)に一喜一憂する「発見される日本」のフェーズはもう卒業だ。自分たちが何に価値を感じ、何を守り、何を「稼ぐ力」に変えていくのか。その意思を「OS(基本計画)」として記述し、官民が同じ言語で動くこと。

 太陽の塔が「壊されるはずの仮設」から「永遠の象徴」へと変異したように、街の記憶に民間の知恵という「熱量」が加わったとき、そこには管理を超えた「生命力」が宿る。

 林さんがこれから描く「次の50年のOS(基本計画)」は、単なる行政文書ではない。それは、僕たちが自分たちの足元にある「地形(文化)」に自信を持ち、再び新しい産業や表現を生み出すための、壮大な「再起動」の合図なのだ。

●玉置泰紀プロフィール 1961年大阪府生まれの編集者、プロデューサー。同志社大学卒業後、産経新聞記者、福武書店(現ベネッセ)を経て角川書店に入社。「関西ウォーカー」など4誌の編集長や総編集長を歴任した。現在は角川アスキー総合研究所に所属し、「エリアLOVEウォーカー」総編集長を務める傍ら、国際大学GLOCOM客員研究員や京都市埋蔵文化財研究所理事、東京文化資源会議幹事、国際文化都市整備機構理事など、地域の文化・観光振興に幅広く携わっている。

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