街づくり、街おこし、そして都市計画。その最前線には、常に常識を書き換える「キーマン」たちがいる。長年日本の街を見つめ続けてきた玉置泰紀が、いま最も話を聞きたい相手に直撃し、大きく変容する日本の「新しい街の形」を紐解いていきます。
今回のゲストは、法政大学名誉教授であり、イタリア建築史・都市史、空間人類学、水辺の都市再生の第一人者である陣内秀信氏。1985年に刊行された名著『東京の空間人類学』において、スクラップ&ビルドで歴史を失ったと見なされていた東京に、江戸から続く見事な都市の文脈が生きていることを証明し、日本の都市学にパラダイムシフトを起こした。
効率一辺倒の「物理・化学の都市計画」から、大地と生命の脈動を読み解く「地学・生物の街づくり」へ。陣内氏が唱える、地形の理(ことわり)に根ざした「水都東京のOS」の再起動は、私たちが自分たちの街に誇りを取り戻し、サステナブルな未来をデザインするための、最強の羅針盤となるはずだ。
【ゲスト】陣内秀信氏
【陣内秀信氏プロフィール】 法政大学 名誉教授、中央区立郷土資料館館長。1947年福岡県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。ヴェネツィア建築大学留学を経て、法政大学教授、エコ地域デザイン研究所長などを歴任。『東京の空間人類学』でサントリー学芸賞受賞。イタリア共和国功労勲章、アマルフィ市名誉市民など国内外で受賞多数。
スクラップ&ビルドから「空間人類学」へ。イタリアの手法で読み解いた「江戸のファブリック」
玉置: 陣内先生とは「水都東京・未来会議」等を通じて、経済合理性だけではない都市のあり方を長年議論してきました。本日はよろしくお願いいたします。
最初の質問ですが、陣内先生が名著『東京の空間人類学』を出されてから約40年が経ちました。近代のスクラップ&ビルドが「平坦で均一な陸地中心のOS」を目指すものだとすれば、先生の空間人類学は、切り捨てられた「土着の水と地形のOS」を丁寧に読み解くアプローチでした。改めて、当時の東京がどう見られていたのか、そして先生がどのように都市の地層を読み解いていったのか、その出発点をお聞かせください。
陣内: 私が大学で建築を学んだ1970年前後は、そもそも日本の建築界や都市計画の世界に「都市を歴史的に見る」という視点が全くなかった時代なんです。特に高度成長期の1960年代は丹下健三さんや「メタボリズム(新陳代謝)」の建築家などに代表されるように、ひたすら未来志向、成長志向でした。「歴史なんて古臭い、過去の遺物だ」と。そして何より、「東京は関東大震災と第二次世界大戦の空襲で二度も焼け野原になり、歴史が完全にリセットされてしまったカオスの街だ」と、専門家も含めて誰もが思い込んでいたんですね。
玉置: 過去は断絶している、だからスクラップ&ビルドで新しいものを作るしかない、という強固な思い込みがあったわけですね。
陣内: そうなんです。でも私は1970年代前半にイタリアのヴェネツィア建築大学に留学して、ものすごいカルチャーショックを受けました。イタリアでは、都市の歴史的に出来上がった組織のことを「テッスート・ウルバーノ(Tessuto Urbano)」と呼びます。
「テッスート」とは織物、つまりファブリックのことです。古代ローマの骨格の上に中世が乗り、その上にルネサンス、バロックと、時代ごとに完全にリセットされるのではなく、過去の骨格を「織物」のように引き継ぎながら層を重ねていく。そして、古い建物の外観は残したまま、中身をモダンに格好良く改修して使い続ける「リウーゾ(再利用)」の考え方が徹底していました。
玉置: その「織物(ファブリック)」という視点を、歴史がないと思われていた東京に応用してみたのですね。
陣内: ええ。帰国してから、江戸時代の「切絵図(古地図)」を現代の地図に重ねてみると見事に道路、敷地割りが一致するのです。それを持って実際の東京を歩き回ってみたんです。すると、驚くべきことに「江戸がそのまま見えた」んですよ。
確かに建物という「上モノ」は建て替えられ、多くは木造からコンクリートやビルに変わっています。でも、道の曲がり具合、敷地の割り方、あるいは斜面や川の痕跡からなる都市の「ファブリック」は、そっくりそのまま残っていた。ヨーロッパの都市の歴史を学んで分かったことですが、都市を1回完全に更地にしてリセットするなんて、莫大なお金とエネルギーがかかるから、権力者であっても絶対にやらない(やれない)んです。東京も全く同じでした。
例えば、起伏に富んだ山の手の高台にあった広大な「大名屋敷」の敷地は、そのまま東京大学などの大学キャンパスや、防衛省のような軍用地、あるいは大きな公園として受け継がれました。上モノが変わっただけで、江戸の空間の骨格は確実に生き延びていたんです。
玉置: 「東京はスクラップ&ビルドの街だ」というのは表面的な見方で、実は足元に江戸のOSが力強く生き続けていたと。しかし、当時の建築界では誰もそれに気づかなかったのでしょうか?
陣内: 建築プロパーの人たちは見向きもしませんでした。当時の大学の建築学科では、モダンデザインをやるか、歴史をやるにしても「立派な神社仏閣や名建築」という『点』の評価しかしていなかった。無名の人々が暮らす普通の街並みや、路地、水路といった『面』としての都市空間の歴史をやる人がいなかったんです。
でも面白いことに、建築界の外側、特に「文学」や「評論」の世界の人たちは、都市の重層的な面白さに気づいていました。国文学者の前田愛さんが『都市空間のなかの文学』を書かれたり、磯田光一さんや吉本隆明さんが独自の都市論を展開し、後には川本三郎さんが永井荷風の東京を面白く論じた。彼らは文学作品を通じて、都市の猥雑さや身体的な手触り、路地の気配といったものを鮮やかに語っていました。
玉置: まさに吉田健一の『東京の昔』に描かれているような、数寄屋橋の下に水が流れ、おでん屋のカウンターで人が交差するような、ヒューマンスケールな都市の情景ですね。
陣内: おっしゃる通りです。私は彼らの文学的・身体的な都市の捉え方に大いに共鳴しつつ、そこに建築史や地形といった「空間」の視座を掛け合わせました。人間がどう空間を使い、どう文化を育んできたか。「空間人類学」というネーミングも、そうした学際的なアプローチから生まれたものです。
近代の効率主義が、この豊かな東京の三層構造(江戸の基層、明治の近代化、大正昭和のモダン)をアスファルトで平坦に塗りつぶそうとしてきた中で、私たちは足元の地形や路地のカーブに息づくこの「ファブリック(地層)」を読み解かなければなりません。すべてを更地にリセットして巨大なビルを建てるのではなく、江戸から続くヒューマンスケールな路地や水辺の記憶を、新しいデザインや機能とどう調和させていくか。その「記憶の継承とアップデートの作法」こそが、これからの日本の都市再生において最も重要なOSになるはずです。
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