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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第756回

RISC-Vにとって最大の競合となるArm RISC-Vプロセッサー遍歴

2024年01月29日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII

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 過去9回ほどRISC-Vの話をしてきたが、意図的にあまり細かい対比をしてこなかったのが、RISC-Vの最大の競合であるArmである。

半導体設計の大手Arm
CPUコアのIPと命令セットが主力商品

 Armの歴史は連載82回83回84回85回でまとめて説明しているが、もともとは英国のAcornというマイコンベンダーが自社の製品用に開発していたものである。その後Acornから独立する形で、CPUの設計部門だけを切り出してArmが成立した。

 ArmはAcorn RISC Machineの略で、独立してAcornと関係なくなったこともあって途中からAdvanced RISC Machineの略とされた。

 そんなArmは、まずAppleのNewton向けにARM6コアを提供(製造はVLSI Technology)、その後Nokiaの携帯電話向けにARM7TDMIというコア(製造はTI)を提供。これが爆発的にヒット。現在のマーケットシェアにつながる第一歩はここから始まったわけだ。その背景にはNokiaのSymbian OSが携帯電話市場を席捲し、そのSymbian OSがARMベースを前提にしていたことが挙げられる。

 その後、携帯電話の延長にある組み込み向けのアプリケーションプロセッサーやマイコン、リアルタイムコントローラーなどに向けてCortex-A/R/Mという3種類のコアファミリーを展開する。

 このうちCortex-Aはまずスマートフォン向けに広く使われ、さらにサーバー向けにも性能を強化する形で展開。2018年にはサーバー向け製品をCortex-Aから切り離し、Neoverseというブランドで展開するに至っている。

 余談だが、3種類のコアファミリーの名前について、以前「ARMの社名にむりやりこじつけたでしょ?」とArmの某偉い人に聞いたら「いやいや真面目にマーケティングした結果、これが一番妥当な名称という結論が出た」と言っていたが、目は笑っていたのを覚えている。

 さてそんなArmにとって、命令セットの維持と独占は至上命題になっている。Armはいろいろなライセンスを出しており、大別すると以下の6つがある。

Armのライセンス形式
ライセンス 概要
Architecture License Armの命令セットに則ったCPU IPを自社でインプリメントできる権利。なお命令セットそのものの変更は不可能。
Cortex Technology License 次に説明するLead Licenseの上位に位置し、基本ArmがインプリメントしたCPU IPを利用できる権利であるが、そのCPU IPに対してアーキテクチャーの変更を要求できる(例えば実行ユニットの数や命令Windowsのサイズの増減ができる)。
Lead License やはりArmがインプリメントしたCPU IPを利用できる権利であるが、そのインプリメントの際に一緒に作業を行ない、インプリメントの方向性などに対して影響を及ぼせる。
Subscription License 複数年にわたる、CPUファミリー全体を利用できる権利。
Perpetual License ある特定のCPUに対する無制限の利用が可能な権利。
Single/Multi Use License ある特定のCPU(1つないし複数)の利用が可能な権利。

 このうちArchitecture Licenseは自社で開発したArmコア(例えば昔のSnapdragonに搭載されていたScorpionやKrait:最近のKryoはArmの提供するCortex-Aをそのまま利用している)を製造できるが、逆にArchitecture Licenseを持っているからといって既存のCortex-Aコアを自分でカスタマイズすることはできない。そしてArchitecture License以外に関しては、自身で手を入れられない。もちろん例えば2次キャッシュの容量などは変更可能になっているが、その程度だ。

 このCPUコアのIP、あるいはArmの命令セットこそがArmの生命線である。というのがArmの認識であり、これを侵害しようとする相手には容赦がない。連載230回で触れた話だが、2000年のMicroProcessor Forumに、picoTurboというベンチャーがArm互換プロセッサーを発表したことがある。

picoTurboが当時発表したロードマップ。ちなみにこの後、Arm互換CPUを開発する際に問題となる特許4つを具体的に説明している

 この時説明に立った同社CEOのChip Stearns氏は、picoTurboはArmの持つ4つの特許(5,386,5635,568,6465,740,4615,583,804に抵触しないから問題なく製造できるとした。

picoTurboがArmが取得する4つの特許に抵触しないことを示すスライド。"Does not infringe ARM patents"という文言が誇らしげである

 そして当然のようにArmはpicoTurboを訴えた。Armがこの訴訟を起こした際のリリースがすでにない(WebArchiveにもなかった)のではっきりしないが、Armは少なくとも7つの特許を侵害したと訴えたらしい。最終的にこの裁判は2004年に和解に達しており、ArmはHerodion社に640万ポンドを支払うことに合意している。要するにArmが自分の非を認めた格好ではあるのだが、結果から言えばArmの勝ちである。

 picoTurboは小さなベンチャー企業であり、Armとの3年あまりの訴訟に耐えられるほどの資金がなく、破綻したためだ。Armと合意したHerodionはそのpicoTurboの事業を継承した別の会社であり、訴訟はどうあれ最終的にpicoTurboの独自コアを潰せた時点でArmの勝ちなわけだ。

 これは業界にいろいろ波紋を投じた出来事であり、以後Armの互換CPUを自身で開発したメーカーは(少なくとも表向きは)存在しない。その意味でもこの訴訟はArmにとって必要だったわけだ。

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