ハリウッドに入り込んでいる「メタヒューマン」
近年、アメリカの映像業界では「バーチャルヒューマン(Virtual Human)」というリアルなアバターのような映像表現が普及してきています。
その代表格がEpic Gamesの「メタヒューマン(Meta Human)」。人間と同じようなクオリティのCGキャラクターを作り、モーションを取れば普通に動かせてしまうというもの。キャラクターに顔の動きなどがすべて組み込まれていて、顔の形などもパラメーターで調節可能。たとえばひとりの女性を選び、ほかの人物の要素を混ぜていくと、特徴を混ぜ合わせた別の人物が作れます。肌の色も自由に変えられます。ほかにも、髪形を変えたり、表情を変えたり……色々な所作が入っていて、かなりいじり倒せます。

メタヒューマンのデータを生成できる「Meat Human Creator」で筆者が操作している様子。あらかじめセットされているキャラクターを組み合わせることで、様々なリアルな人間的なアバターを生成できる
これが数年前からCGの現場で普通に使われるようになってきていて、まさに俳優組合が問題視しているエキストラのシーンなどでも使われています。基本的にメタヒューマンは非実在の人物ですが、スキャンした顔の部分だけを当てることもできるんですね。Epic Games傘下のCapturing Reality社は、iPhoneレベルのスマホで顔をスキャンして、奥行き情報があるデータセットを作る技術を提供しています。それをメタヒューマンの顔に貼り付ければ、本人の顔をしたメタヒューマンをキャストとして動かすことができるのです。

iPhoneで複数枚撮影した顔の画像をRealityCaptureを使い、統合して1枚の顔にした様子。これをMetaHumanに統合することで、そのままアバターとして動かすことができる(YouTubeより)
こうした流れもあって、AI技術が映画撮影の現場にどんどんと入りこんでいるのが昨今の状況です。最近ではモーションさえも過去のデータベースと組み合わせたり、アルゴリズムで自動生成できる段階に入りつつあります。極端な話、エキストラとして人を必要としない段階にまで進み始めています。
だからこそ、組合側は、肖像を利用する場合は「補償と同意」が必要だと訴えているわけです。エキストラ俳優にとっては、自分たちの役がAIに置き換えられていくのではないかというのが切実な問題になってきているんですね。そこでスキャンをする場合には、1回限りしかお金を払いたくない会社側と、毎回払ってほしい俳優組合側がぶつかっているわけです。ただ、会社側が簡単に妥協するとは考えにくい問題です。
ちなみにハリウッドの話だけでなく、韓国ではメタヒューマンを使ったバーチャルアイドルも登場しています。バーチャルK-POPバンド「MAVE:」はUnreal Engineで作られたユニット。ただしこれは実在の人物をスキャンしたデータを使っているわけではなく、3Dモデリングツールで作られています。
この「全身スキャン」を生成AIと呼ぶ報道もあったのですが、これを生成AIと呼ぶのは疑問です。スキャンデータにリップシンクを合わせて本人がしゃべっているように見せる技術は、機械学習を使ったAI技術ではあるもののの、「Stable Diffusion」のようないわゆる生成AIとは技術的発展の仕方も少し違い、抱えている問題も争点が異なっているため、同じ問題とは考えない方がよいと思います。
ストライキは現在も続いており、今回の騒動がどう決着するのかは正直わかりません。10月以降にまで長引くという話も出ています。
AI技術が創造性に関わる分野に大きく影響を与え始めているのは事実です。今明らかになっている争点は、クレジットタイトルであったり、肖像権に関することですが、声やモーションなどのAI技術により、置き換えられる可能性があるすべての活動が潜在的な争点になります。ただ、現在の交渉で組合が争点になっているのかは明らかになっていません。交渉過程の内容については、組合も明らかにしないとしているため、現在どのような交渉が進められているのかもわかりません。ただ、将来の懸念に対して現時点で、組合と会社側とが合意を取るのは難航しそうに思えます。

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