技術規制に傾くと競争に負けてしまいかねない
── 赤松先生の絵も学習されていると思いますが、どう感じますか。
私自身は、もう数年前にディープラーニングの研究用に漫画データを提供しているんですよ。東京大学相澤研究室の「Manga109」というプロジェクトです。「マンガ図書館Z」※のメインの作家に「学習に使っていいですか?」と許可を取った上で、使用料を支払って、AIの研究に使っていいよと研究室に漫画の画像データを提供しました。今の全世界の漫画研究のAI分野は大体これがスタート地点になっているはずです。
※マンガ図書館Z:無料マンガ読み放題サイト。出版社が絶版にしたマンガを広告付きで配信し、収益を著作者に還元する仕組み。赤松健氏が2010年に「Jコミ」として開始し、2014年に「絶版マンガ図書館」に変更。2015年にGYAOと合同会社Jコミックテラスを設立して「マンガ図書館Z」に変更した
── 技術革新というのは出てくるものだと。
Winny騒動のとき、危険性があると言うことで開発者が逮捕されてしまったことがありましたよね※。その後、P2P分野では(日本が業界としてて萎縮し)負けていった歴史がある。YouTubeもそうです。実はヤフーが似たような動画投稿サイトを作ったことがあったんですが(「Yahoo!ビデオキャスト」)、 YouTubeは何億ドルもの訴訟費用を用意してフェアユースと共に突き進み世界を席巻していった。一方、ヤフーは「危ないから」と(違法転載の動画を)すべて消し、結果負けてしまった。権利者団体の中の人としては「よくやった」と言うべきでしょうけど、このように真面目で潔癖症な日本人は新規ビジネス分野では負けやすいんです。Winnyも技術自体は悪くなかった。それに対して作家が反対を唱えるのはまだしも、公権力が技術の発展に対してブレーキをかけるというのは、やるべきことではないと思います。
※Winny事件:ファイル共有ソフト「Winny」を開発した金子勇氏が、2004年に著作権法違反幇助の罪に問われた事件。最高裁まで争い、2011年に金子氏の無罪が確定した(関連記事:「逮捕から8年、やっと“一歩前進”――「Winny」無罪確定で」)
── ここで技術規制に傾くと、また競争に負けてしまいかねない。
マイクロソフトがOpenAIに相当投資するというニュースも出たし、ここで乗り遅れるとまずいと思います(関連記事:「マイクロソフトが『OpenAI』に巨額を投じる理由」)。むしろ、フェアユース前提のアメリカに訴訟リスクがある一方、日本は学習に関してはそのリスクが低いので、珍しく勝つチャンスです。ここで漫画家やイラストレーターの権利に詳しい人がそのあたりを整理して良い未来を作っていくことが、絵描きにとっても技術面にとっても良いだろうと思い、急いであの動画を作ったわけです。
── 難しい問題ですが、「雇用に影響するからやめるべきだ」という意見もあります。
そういう声もありますが、私の予想では、適切なインセンティブ環境が整備された後には便利なツールとして使われると思いますね。色塗りや下塗りに使うとか、背景が得意じゃない人は背景に使うという手もあるし。あとは半身麻痺で利き手が動かなくなってしまった人。漫画家は脳梗塞になってしまう人が結構多いんですよ。クリスタ(CLIP STUDIO PAINT)で、線のふるえを補正する機能があるんですが、あれなんかもいいですよね。そういう風にある程度デッサンの補正をしてくれたら生きる喜びが出ますよね。
── Photoshopのようなものとしてクリエイティブ活動が強化される可能性が高いと。
また、過去に絵を描いてきた人たちがこぞって過去絵を提供し、それが再び収益を生むようになったら、ユーザーも安心して使えるし、まさにWin-Winです。そういう世界を目指していくべきで、規制してそちらを目指さないのは悪手だなと思っています。
── むしろ雇用や経済にはプラスに働くかもしれない。
こんなことを言っていると私がAI推進派みたいに見えるかもしれないんですけど、こうした議論をしていく中で、絵描きの気持ちを考慮に入れる人(政治家)はほぼいないですよ。私は必ず考慮に入れています。不安とか悔しさとか。去年まで連載もしてたわけですから。日本漫画家協会の常務理事だし、今国会の著作権法改正についても関係省庁に対して、「権利者団体や出版社に説明してね」とか「作家の気持ちに配慮してね」と政務調査会でも言い続けてるんですよ。そんな議員は私だけですよ。海賊版に関しても私以上に戦ってきた漫画家はいませんね。知財高裁まで行ってますからね。何かと言えば「絵描きの権利」です。そこについてはうるさいですよ、私は。
── 一方、ゲーム業界には既に影響が出てきています。企画段階で外注するようなコンセプトアートには使われるなど、関係する作家に影響が出ているという話も聞きます。
内部の資料程度であればいいですが、まだ商業用のポスターなどでは訴訟リスクがあるから使われませんよね。プロンプトだって専門の人(イラストレーター)の方がうまく作れるわけだし、それで絵描きの新しい仕事が生まれる可能性もあります。
── 今が最初のゴタゴタの時期だとすれば落ち着いてくるだろうという見立てですね。
YouTubeも最初はひどかったじゃないですか。でも、海賊版サイトと違って「これは私の作品だから削除として」と言ったら削除しますし、今では向こうから「広告収益がたまってますよ、もらいますか?」と言ってきて「はい」と言えばもらえるわけですからね。すごいことですよ、これは。
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