そんな市場向けに発売されているキーボードに「SpaceSaver」と呼ばれる製品がある。筆者はIBM PCのキーボードを供給していたレックスマークの後に、事業を継承したUnicompの製造によるPS/2用のSpaceSaverコンパクトキーボードも愛用している。5576-003より一回り大きな北米大陸流SpaceSaverは、IBM PC/AT後期のキーボードとして開発された歴史的キーボードであるModel-M(1390131)の流れをくむ貴重なモデルだ。
筆者のメインモバイルPCであるThinkPad X1 Nanoが実測931gなのに、頑丈に作られたキーボード本体はSpaceSaverと名乗りながらもその実測値は1776gもある。さまざまな軽量化をしたブラザー工業製の5576-003でも、実測1353gだった。
キーボードの世界は、パワーアンプの世界とは異なり必ずしも重い方が正義ではないが、相対的な質量差は入力時の指先に返ってくるタクタイル感や爽快感には、大きく影響する。実際に文字入力をしばらくしてみると、さまざまなハードウエア的要素が微妙に文字入力時の感性に影響を与えているのが理解できる。
米国IBMのSpaceSaverキーボード、国産でブラザー工業のキースイッチを採用した5576-003のいずれもが、今では超レガシーな「バックリングスプリング」(座屈バネ機構)と呼ばれるキースイッチを採用している。
今回、筆者宅にあるSpaceSaverキーボードと借用中の5576-003を分解して、キースイッチの中味を見てみた。キーキャップはたった1本の強力なスプリングによって支えられている。指先でキーを押す荷重は現代のキーボードより遥かに重い。さらに力を加えてキーを押し下げていくと、閾値を超えると同時に内部のスプリングが折れ曲がり、荷重が消え一気に抜けるように底打ちをする構造だ。
未だに多くのパソコンホビーストの一部が、バックリングスプリング方式に惹かれる理由はこのメカニカル極まりないシンプルで心地よい指先快感と独特のサウンド、堅牢なスプリングによるタクタイル感にあると思っている。
余談だが、IBMには5576-003キーボードの流れを継ぐ5576-A01という名キーボードがある。残念ながら製造コストが高く、コンシューマPCのAptivaという新機種を発表する際に標準キーボードとしてより低コストの5576-B01というキーボードが開発された。
当時5576-A01を高く評価していた関係者は大反対したが、コストには勝てず発表され静かな入力音とソフトなキータッチは、モノの本質を見る目のない新しいユーザー層に歓迎され、AptivaはベストセラーPCとなった。それ以降関係者は「座屈型」ではなく「挫折型」キーボードと揶揄したことがあった。大きく脇道にそれたが話を本題に戻そう。

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