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東北大学 大学院工学研究科 工学部准教授 吉田慎哉氏インタビュー

真の体温といわれる“深部体温”を正確に測定「飲む体温計」でデジタルヘルスを革新

2021年06月14日 06時00分更新

文● 野々下裕子 編集●ガチ鈴木/ASCII STARTUP

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 世界のデジタルヘルス市場はCOVID-19の影響下でも順調に成長し、Global Industry Analystsによる「デジタルヘルス:世界市場」調査によると、2025年の市場規模は1925億ドル(約21兆円)になると予測されている。健康や医療に関わる重要なデータである体温や心拍数などの生体情報を様々な方法で計測する技術やデバイスが開発され、それらを基に新しいサービスを提供するデータビジネスには、大手企業やスタートアップだけでなくGAFAMまで参入している。

 東北大学大学院工学研究科・工学部准教授の吉田慎哉氏は、真の体温といわれる“深部体温”を安全で正確に測定できる「飲む体温計」を7年前から開発し、実用化に近付けている。さらに「薬のように必要な時に必要な生体情報を計測できる”飲み込み型センサー”を安全で安価に提供する」ことを目指し、ハードウェア開発からプラットフォームの構築、データビジネスへの展開を視野に入れる。

東北大学大学院工学研究科・工学部准教授 吉田慎哉氏

 イノベーティブなハードウェアの開発にチャレンジする吉田氏に、実用化に向けた動きとその中での課題や解決のための取り組みについて、詳しく話を伺った。

正確な生体情報を測るため「センサーを飲む」時代がやってくる

 スマートウォッチやウェアラブルリングなど、生体情報を日常的にセンシングできるデバイスは多数発売され、健康管理や病気の予防、身体パフォーマンス向上などの目的で利用されている。医療機器と同等レベルで正確なデータを収集できるApple Watchのような製品もあるが、収集できるデータは心拍数や血中酸素など対象が限られており、正確に計測するには体外からでは限界がある。体内に埋め込むインプランターブルやインジェクタブルなセンサーも開発されているが、それよりも比較的低侵襲で簡単に扱える飲み込み型センサーの方が、先に利用が広がる可能性が高いと見られている。

 吉田氏は微小電気機械システムのMEMS(Micro Electro Mechanical Systems=メムス)の研究開発を専門としており、飲み込めるほど小さな極小サイズのセンサーや電源、通信回路などさまざまなパーツを開発している。さらに、それらを組み合わせてニーズにあう “飲み込み型センサー”を製造できるハードウェアのプラットフォームの構築を狙う。飲み込んで使うハードウェアは海外では軍事用として開発が進み、医療用途ではカプセル内視鏡が国内でも開発されているが、吉田氏が開発するハードウェアはそれらに比べて小さく、摂取しても安全な素材が使われている。

 たくさんあるセンサーの中から、どの機能を実用化すればビジネスとして参入しやすいか考えた結果、選んだのが“飲む体温計”だった。体温は最も基本的な生体情報のひとつで非常に役立つが、体表温を体温計でピンポイントに測るだけでは不正確で、センサーを体に密着して連続測定する場合もかぶれの問題がある。より正確な体温を計測するには”深部体温”を測る必要があるが、医療現場で用いられる直腸温の測定は、苦痛で不快である。カプセル型で飲みこめる体温計は欧米ですでに発売されているが日本では未承認で、価格は1個4000円以上もする。また、電源にボタン電池を使用しているためサイズが大きくて飲み込みにくく、体内に滞留するリスクも上がる。ボタン電池を搭載しているので、電池が万が一露出すれば、内臓を傷つけるリスクがある。環境負荷も大きいので、トイレに流すことにも問題がある。さらに、電池の寿命保証は通常工場出荷から1年ほどであり、この点も、コスト増加の一因になっている。

 吉田氏が開発する”飲む体温計”は、胃酸電池で発電し、積層セラミックコンデンサに電気エネルギーを蓄える。このエネルギーを用いることで、胃内だけでなく腸内の温度、すなわち深部体温を測定する。温度データは、体外に設置した受信器で受信し、12〜24時間、10~20分の周期で連続測定できる。サイズは、どの競合他社製品よりも小さく、体から確実に出やすいなど、既存製品の問題をほぼ解消できる仕様になっている。2019年3月に動物を用いた原理実証実験にも成功させている。

 深部体温に着目したもう1つの理由は、うつ病、認知症といったさまざまな病気の予兆の検出に使える可能性があるほか、排卵周期を正確に測ることで妊活に利用できるなどのメリットがあるためだ。深部体温の時間変動は体内時計とも高い相関性があることが知られ、概日リズム(サーカディアンリズム)のズレによって生じる「概日リズム睡眠障害」の診断や治療支援でも効果が期待されている。

 「体内時計と社会的時計とが合わず、日常生活を送ることが困難になる概日リズム睡眠障害の患者は、100万人を越えると言われています。また、COVID-19の影響で生活リズムが乱れる人が増えており、その患者数も増加しているといわれています。確定診断に時間がかかったり、うつ病などの他の疾病と誤診されやすく間違った治療で悪化する患者も少なくないことを、睡眠臨床の専門医やNPO法人 睡眠リズム障害患者会の方からうかがっております。概日リズムやそのずれを「飲む体温計」で簡単かつ正確に、在宅でも可視化できれば、早期診断や治療支援、再発防止にも使えると考えています」(吉田氏)

 深部体温は身体パフォーマンスに影響することが知られており、欧米で発売されている製品はアメフトや水泳などのトップアスリートが体調管理するためにも使用されている。間もなく始まる宇宙旅行で体調管理に利用するというアイデアもあるなど、用途は他にもいろいろ考えられている。吉田氏のもとには、汗をかきにくいため熱中症になりやすいパラアスリートの体調管理、建築現場や消防士の安全管理に使いたいという要望が寄せられており、そうした声からどの分野へビジネスをアプローチするか検討しているところだという。

目標販売価格は1個100円で日常的なヘルスケアへ

 吉田氏が開発する”飲む体温計”は、デジタルヘルス分野で革新的な製品を実用化する文部科学省/科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の支援を受けており、基本システムがほぼ完成するところまできた。

 「ここまでの道のりは自分としては長いと感じていますが、チームメンバーの2人の先生は企業出身者で『実用化にはどういうプロセスを経なければならないのか』を熟知していることもあり、ゼロベースからスタートした開発としては、早いペースで進んでいると思っています。ただ、医療機器の薬事承認を得るハードルはそれなりに高いので、上市には5〜6年ほどかかると見ています。ロードマップとしては、2021年か2022年までに最終仕様を確定し、非臨床試験を経て睡眠臨床からスタートさせて、他の研究とのコラボやエビデンスも用いながら日常的なヘルスケアへつなげていきたいと考えています」(吉田氏)

 飲む込み型センサーの米国市場規模は調査によると2024年で500億〜600億円になると予測されている。なかでも温度センサーは比較的マーケットサイズが大きく、堅調に伸びると見込まれているが、さらに市場を成長させるには、安価で気軽に使える必要があると吉田氏は考えており、目標販売価格を1個100円にすることを目指している。

 「現在開発している技術は、超ローパワーで動くセンシングと通信を組み合わせたシステムとしてかなり革新的なものだと自負しており、飲み込み型だけでなくインプラントでも使えるので、世界から見ても関心は高いと思っています。実用化しやすい体温計からスタートしていますが、体内ガスや二酸化炭素、できれば腸内細菌まで測れるいろんなセンサーを開発し、複数を搭載したマルチセンサーを全固体電池で動かせるようにするといったアイデアも考えています」(吉田氏)

 そこで大きな課題となるのが量産体制だ。ハードウェアビジネスでも最大の壁とされ、大学にもそのノウハウはないため、協力してくれる製造のプロを探しているという。流通も含めて大手メーカーに協力してもらうことも検討しており、研究開発と並行してパートナーを探すため、スタートアップ関連のイベントに参加し、コロナで止まっているが海外への営業活動もしている。

 「ビジネスを成功させる選択肢として、大学のラボから独立して起業する方法もありますが、すべてを投げ打って勝てると心底思わなければ絶対に上手くいかないでしょうし、やはり大学を辞めるのは相当の覚悟が必要です。研究開発もまだまだ続けなければいけませんし、その時間を確保するためにも今のところはビジネスを得意とするパートナーを探す方向で進んでいます」(吉田氏)

極小センサーを複数搭載したデバイスを実用可能にする

 吉田氏は今後のビジネスの展開について、まだいろいろ模索中だとしている。「デバイスを単品で販売して収益をあげるという形は、スケールさせるのが難しいと思います。一方、ヘルスケアデータを活用したビジネスを行うとしても、すべてを自前で用意するのはかなり大変です。デバイスから送られたデータを受信機に貯めてスマホ経由でサーバーに送るところまではできていますが、大量のデータを蓄積して本格的に解析することを行なうには、データ管理やソフトウェア開発などで連携できるパートナーが必要です。たとえば、デジタルヘルス関連のデータを集めている海外のプラットフォームに参加するアプローチも1つの解かもしれません。もちろん、協力してくれるメーカーと共同開発する方向もあります。大学側と一緒に行なう場合は、大学単独で取得済みの基本特許以外で共同出願したり、知的財産の割合を相談したりすることはできます」(吉田氏)

 「ビジネス全体の将来像としては、センシングに必要なデバイスをネットで購入し、レンタルなどで提供する受信機から蓄積したデータをサーバーに送り、それをAIで解析して健康をアドバイスしたり、医師の診療や薬の処方をしたり、新しい学術的知見を発見するデータビジネスに活用するといった展開ができるのではないかと考えています。とにかくあれば絶対役に立つ技術だと確信しているので、一緒に実用化させたいという方たちがいれば、ぜひ協力をお願いしたいです」(吉田氏)

 国内では、医療データを個人が利活用するパーソナルヘルスレコード(PHR:Personal Health Record)を推進する計画もあり、生体情報を正確に測るというニーズはむしろこれから高まる状況にある。吉田氏が開発する安全で安価な”飲み込み型センサー”は、デジタルヘルスを大きく変える技術として、これからどのように飛躍するのか注目したい。


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