●読めても、書けない
── ノートをうまくとれないということですか。
小学1年生の後半になるころ、連絡帳がとれなくなったんです。最初は黒板に書かれた文字を、ぞうきんなら「ぞ」、うわばきなら「う」と記号のように書き写すだけだったのでよかったんですが、そのうちに書く文字数が増えたり、「耳でも書く練習をしましょう」ということになって、「明日の連絡をいまから言います、書いてください」と、黒板に書かないようになるんです。それからうまく書けなくなって。最初はいろんなお母さんにメールをして、「連絡帳はこれであってますか」と聞いていたんですが、他人様にご迷惑をかけつづけるわけにはいけないと思い、「デジタルカメラを持っていっていいでしょうか」と先生に聞いたんです。いい先生だったので、「お困りでしたらお友だちに同意を得て、ノートを写真に撮って、書けるだけ書いて帰りましょう」と言ってくださったんですね。7歳のころパソコンの使い方を教え、自分の好きなものをネットで調べ、ページをノートに貼って「宿題」として持っていく、ということもやっていました。
── 読むのは得意でも、書くのは苦手と、偏りがあったわけですね。
教員の経験があったので「これは書字に困難がありそうだな」と検査を受けたところ、目のピント調整機能が生まれつき弱かったことがわかりました。そこにディスグラフィア(読むことには問題がなく手で書くことだけが難しい症状)、人より早く文字が読めすぎるハイパーレクシアも合併していたことがわかりました。
── 文字や漢字を理解する力というのは突出した能力です。
それがあったためにハンディがあるといくら訴えてもわかってもらえなかったですね。「大人の本も読めるのに文字を汚く書くなんて頭がいいからってバカにしてるんじゃないの」と言われてしまって。「こんなに汚い字を書くなら来ないでください」と塾も2つやめさせられましたし。あとは立場の違いもあるかと思いますが、2年生の先生も「書けることが前提」というところからしか進まなかったですね。
── どういうことでしょう。
「目にハンディがあるので、今までのようにデジタルカメラを使ってもいいですか」と診断書を出した上で頼んだのですが、「みんな同じことが平等なので認めません」と言われてしまって。まだ合理的配慮がない時代でしたから、担任の先生がダメと言ったらダメということが多かったんです※。漢字のテストでは回答1つずつに×をつけるのではなくテスト全面に大きく「×」と書かれるようになり、「どうして書かないの、ちゃんとやりなさい」と叱られるようになりました。お友だちがバカにするようになるのはすぐでしたね。「書けないんだよね、アホなんだよね」と。本人は漢字を読めるので答えがわかっていて、「書ける子しかあそこにはいられないんだ」と言っていました。
※2016年4月に施行された障害者差別解消法により、公的機関にあたる公立学校は話し合いのもと「合理的配慮」をすることを義務化、私立学校は努力義務化された。ただし、必ずしも申請した合理的配慮がそのまま許可されるとは限らないケースもある
── つらかったでしょうね。
結局2年生のころから病気になり、トイレが近くなったり、お腹が痛くなったり体調不良で学校に通いづらい状態になってしまいました。本人は学校に行こうとするんですが、行こうとすると具合が悪くなってしまったんです。
── 親としても苦しい時期だったと思います。
暗かったですね。「わたしがあのとき早産になったせいでこの子の視神経が……」と考えて過呼吸になったりしていました。生まれるまでは「外交官にする」なんてことを考えていたくらいだったのに、7歳で学校も行けたり行けなかったりになってしまった。でも息子を見ていたら、好きなことはあるし、インターネットを使ったタブレット学習に変えたら勉強はできるようになった。ならこれでいいじゃないかと思って。教育委員会と小学校の校長先生に相談して、個別の教育相談を教育委員会の相談室に受けに行くことで出席の単位をもらい、「これはあなたの学校だから学校をサボっているわけじゃない」と本人に伝え、なんとかその時期をしのいでいた形です。
── 7歳でパソコンを使うのも苦労されたかと思います。
うまくキーボードで入力できるようになるまでは大変でした。「どうしてこんなことをするの」と本人は言うんですが、「これができるようになったら絶対に変わるから」とこちらも必死で。モチベーションを上げるにはどうしたらいいかと考えて、そういえば「こち亀」が好きだったなと※。勉強のときにこち亀を出してくると「おーっ、こち亀だ!」とテンションが上がったので「中川と麗子どっちがいい?」と言って「中川!」と言いながら「な・か・が・わ」と一緒に打つ。そのうち「金がすべてだ」「金がなければしおれてしまう」みたいな長文も打てるようになって。「中川あと5億円借金させてくれ」なんかは「借金(しゃっきん)」に「小さいつ」 が入っているのでローマ字入力の勉強になるんですよね。秋本治先生には間接的にお世話になりまして、すごくモチベーションが上がりました。
※秋本治先生の漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」