さまざまなテクノロジーと融合しながら進化を続けているデジタルマーケティング。以前の記事のように、インターネット上の行動履歴を元としたアドテクノロジーはオフラインにも及んでいます。その一方で、リアルの世界における行動に対してテクノロジーは何ができるのでしょうか。
今回は、リアルの行動を「もうひと押し」するテクノロジーに焦点を当ててご紹介したいと思います。
店舗の近くまで来たユーザーを誘導するアドテクノロジー
ある店舗への来店を促したい場合において、「その店舗の近くにいる」という状況は行動を起こす大きなトリガーとなります。このようなユーザーをターゲットに「もうひと押し」ができれば費用対効果の高い来店施策が行える可能性が高まるのではないでしょうか。
海外では、店舗の近くにいるユーザーにターゲティングして、広告クリエイティブ内に店舗までの距離や経路を表示し、店舗への誘導を図るといった事例がファーストフードチェーンを中心に多く見受けられます。
そのような来店施策は、ユーザーの位置情報を取得するアドテクノロジーが必要です。
現在、位置情報を活用した広告配信方式には大きく分けて2種類があります。
「リアルタイム方式」では、GPSだけでなく、BLE(Bluetooth Low Energy)を使用したビーコンによるリアルタイム位置情報を用いて、特定の位置範囲内にいるユーザーをターゲットにした広告を配信します。「近くまで来た」と見なす範囲は調整できますが、範囲を絞りすぎるとターゲットとするユーザーが僅かになってしまう点に留意しなければなりません。
「プロファイル方式」では、ある時間帯に特定の場所によくいるユーザーに対して広告配信します。曜日や時間帯と場所、行動パターンなどでユーザーをプロファイルし、そのデータを元に配信分けする広告です。例えば昼間は大学の敷地内にいて、夕方には繁華街に移動していることが多いなら「学生」とプロファリングされ、夜に路線価の高い地域や高級マンションの敷地内にいるのであれば「富裕層」とプロファリングされます。
リアルタイム方式とプロファイル方式は排他的な仕組みではないため、「特定の美容院に定期的に来店しているユーザー(プロファイル方式)に対し、その美容院の近くに来た時にネイルサロンのクーポンを配信する(リアルタイム方式)」ことで、「美容院のついでにネイルサロンも」といった行動を起こすトリガーになるのではないでしょうか。
現在のスマートフォンのGPS精度は非常に高いため、自動車ディーラーや不動産などの店舗内にいることが多いユーザーに絞って広告を配信する「リアル行動ターゲティング」も技術的には可能です。一方で、バッテリーの消耗などを理由にGPSをオフにしているユーザーも少なくありません。
そういったユーザーにもリーチできるよう、GPS以外による位置情報取得の技術も進んでいます。
シンガポールに本社を置くNear社(旧AdNear社)では、GPS以外にもWi-Fiや基地局のシグナル情報も位置情報の判定材料とすることで、特定の位置範囲内にターゲティングしたモバイル広告配信DSPを提供しています。
位置情報を元に広告配信するというと、プッシュ通知やメール送信をイメージしがちですが、同社の技術ではユーザーが利用しているアプリのバナー広告枠に配信されるというもの。上の例で言えば、美容院が終わって時刻表を検索している時に、近くのネイルサロンのクーポンがアプリに表示されたら…。
外出先でも常に利用しているスマートフォンだからこそ、ユーザーの行動とユーザーが情報を求めるタイミングに密接した、効果的な広告配信を実現したと言えるでしょう。
個人識別や操作が可能なデジタルサイネージ
先にご紹介した広告配信はスマートフォンの中でしたが、アドテクノロジーは公共の空間にも広がっています。
エキナカを中心に普及する次世代自動販売機では、センサーによって性別や年代を識別してその人に適した商品を表示していますが、次世代自動販売機も「デジタルサイネージ」の形態のひとつです。
デジタルサイネージとは、公共空間に設置された大型の平面スクリーンやタブレット端末などの表示機器を使って情報を発信するシステムです。ユーザーがその近くにいれば、スマートフォンなどの機器を使わなくても視界に入ってくるという特性があります。この大型スクリーンを行動のトリガーに使わない手はありません。
デジタルサイネージは、単なる「電子看板」ではなく、その内部はネットワークに接続されたコンピュータであるため、デジタルサイネージの近くにいる人を判別して配信内容を制御することや、インタラクティブな操作を受け付けて販売に繋げることも技術的には可能です。また、動画広告を中心にしたデジタルサイネージアドネットワークも運営されており、デジタル広告配信プラットフォームの一翼を担っていくことが期待されています。
これまでデジタルサイネージの個人識別には、カメラによる画像認識や内部センサーが利用されてきましたが、ここでも、スマートフォンのGPSやビーコン技術を活用し、インタラクティブでより利用者に適した情報を提供できる可能性も秘めています。
例えば、スマートフォンの言語設定を読み取って訪日外国人向けの情報を表示したり、アプリの利用状況に応じたクーポンを表示したりするといった広がりも期待できそうです。
公共空間というリーチの広さと、リアルタイムでユーザーと接触できる点が強みのデジタルサイネージをどう活かすかが、導入が広がるポイントなのではないでしょうか。
位置情報ゲーム化する来店誘導アプリ
親和性の高いユーザーのリピート来店を促す施策として、ゲーム要素を盛り込んだ来店アプリの活用も盛んになっています。
Ingressのような位置情報ゲームにおけるユーザー行動から考えると、特定の建造物やモニュメントに設定されているポイントがトリガーとなり、「近くまで来たならもう少し足を伸ばそう」という行動につながるということがわかります。
このような位置情報ゲームのゲーム性を活かし、来店するだけでポイントがもらえるようなキャンペーンも増えてきました。
アプリから店舗の近くにいることをGPSで判別できると、インセンティブが発行されるという仕組みですが、必ずしも商品購入が条件ではないのが特徴です。「近くまできたなら、ついでに店まで寄っていこう」という来店への「もうひと押し」が働きやすくなります。
来店アプリを用意するのは他にもメリットがあります。インストールしているユーザーが店舗の近くまで来た際に、プッシュ配信する機能を盛り込むこともできるため、最も目立つロック画面に情報を配信することも技術的には可能です。一方的なプッシュ配信とみなされて敬遠されるのを避けるためにも、インセンティブを設けたりゲーム要素を加えるなど、自発的な来店を促すためにどう工夫するかということが引き続き重要となるでしょう。
現在リリースされている来店アプリでは、ゲーム要素の活用が中心になることが多いのですが、アプリをインストールしているという親和性と優位性を活かし、断続的かつ長期的視点の施策を続けることで、ロイヤルカスタマーを育てる基盤となるよう丁寧に利活用する必要はありそうです。
まとめ
今回は、リアルの行動をトリガーに「もうひと押し」を実現するためのテクノロジーについて紹介しました。
これまでのデジタル広告配信はオンライン行動の分析によるものが多くありましたが、オンラインに留まらないリアルな行動によるプロフィリングやトリガーによって、オンラインだけでは見えてこなかったユーザーの本当の興味・関心が明らかになるかもしれません。広告の配信先についても、デジタルサイネージだけでなくVR(バーチャルリアリティ/virtual reality)まで及んで、より生活に密接したデバイスが併用されていくでしょう。
インタラクティブ性を持ったデジタルサイネージや位置ゲームの要素を持つ店舗アプリは、ユーザーの主体的な行動を喚起するための仕組みでもあります。今回紹介したような技術が活用されることによって、一方的な情報提供だけでなく、ユーザーの主体的な行動を喚起し、それを自然な形で後押しする広告が実現されていくのではないでしょうか。