Intel 8087から始まる
FPUの歴史
x86系プロセッサーでは、当初FPUは別チップの形で提供されていた。図1はその変遷をまとめたものである。
まず「Intel 8086/8088」が投入された2年後、「Intel 8087」がリリースされた。2年もずれたのは、それだけ開発に時間がかかったということでもある。8087はセカンドソース供給も行なわれ、IBM/AMD/Cyrixの3社がそれぞれ完全互換のセカンドソース品を提供している。
8087コアをベースに、80186/80188向けのFPUとして「Intel 80187」が1989年に供給開始されるが、もともと80186/80188は組み込み向けとあり、ほとんどニーズはなかったようで、1991年には早くも販売中止となった。
これに引き続き、「Intel 80286」向けのFPUとして「Intel 80287」が投入された。こちらもAMD/Cyrix/IITなどからセカンドソース品が投入されている。ちなみに、IITという会社の正式名称はIntegrated Information Technology Inc.で、1987年に設立されたファブレスの半導体企業である。
IITは互換FPUのほか、VGA互換チップなども手がけたが、この方向でのビジネスはあまりパッとしなかったようで、1990年には市場から撤退するとともに、社名を8x8 Inc.に変更。VoIP(Voice over IP)関連機器などに方向転換し、現在も健在である。
なお、インテルがFPUを出してからセカンドソース品が出るまで結構なタイムラグがあるのは、そもそも絶対的な需要がそれほどなかったことと、FPUは高値がつけられるため利幅が大きく、ある程度価格が下がるまでセカンドソース供給を見合わせたことが理由として挙げられる。
乱戦状態になったのは80387互換の世代である。「Intel 80386/80386SX」もまだFPUは内蔵できなかったため、「Intel 80387/80387SX」が別チップで1989年に投入されたが、この時にはインテルのセカンドソース供給によらない形で大量の互換チップが登場した。
インテルは80386からセカンドソース供給を行なわない方針に改めており、結果として主要なベンダーはみな自社で互換チップを開発した。なにしろインテルの価格が高いため、そこそこの価格にしても性能が高ければ十分売れるという見込みがあったのだろう。
C&TやCyrix/IIP/RiSEなどが有名どころで、それ以外にXtendやLG Technology、Symphony Laboratoriesという聞いたこともないベンダーもあった。このうちSymphony Laboratoriesは、サンプルチップのみの出荷だったようだ。
こうした中で一番知名度が高いのはULSIかもしれない。正式名称はULSI Systems Technologiesという1987年に設立された会社であるが、創立者兼CEOのGeorge Hwang氏は元々インテルの社員であったが、スピンアウトして80387互換チップを作ることを計画した。
80387互換チップのリストにAMDが入っていないのは偶然ではなく、当時AMDは自社で80387互換チップを作るリソースを持ち合わせていなかった。その代わりにAMDはULSIに投資を行ない、完成したチップをAMDブランドで発売することを予定していたようだ。
ところが、インテルがULSIに対して複数の訴訟(民事、刑事、特許権侵害訴訟)をかけ、訴訟が長引いたことによりULSIの製品出荷は他の互換チップメーカーが出荷した後になってしまい、商業的にも成功しなかった。当然AMDもULSIのチップを利用する計画を破棄することになった。この話はTim Jacksonの著書「Inside Intel」に取り上げられたことで俄然有名になった。
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結局のところこの市場は、インテルが次の「Intel 80486」でついにFPUをCPUコアに統合した1チップ構成としたことで急速に萎んでしまった。なにしろこうした互換FPUが出たのとほぼ同じタイミングで、「Intel 80486」が投入され、翌年には「Intel 80486」が市場の主流になってしまったのだから、これは致し方ないところだろう。
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