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歴史を変えたこの1台 第6回

レッドバックは時代の徒花?局舎の中のブロードバンドを探る

ADSLを舞台裏で支えた「SMS」の栄枯盛衰

2009年05月11日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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ユーザーを識別するPPPoEの誕生

 さて、SMSは知らなくても、「PPPoE」であれば知っている人は多いだろう。SMSが世界標準になった裏側には、このPPPoEの存在がある

 SMSは単にATMを終端するだけではなく、複数のISPとの間でVPNを構築し、ユーザーのトラフィックを個別のISPに流す役割を持っていた。しかし、このホールセール(卸売り)のモデルを実現するには、当然ながらユーザー認証が必要だ。ユーザーが識別できなければ、ISPごとにトラフィックを分けることができないからだ。

 今までのダイヤルアップのユーザー認証にはPPP(Point to Point Protocol)と呼ばれるプロトコルを使っていた。そのため、ADSLにおいてはATM上でPPPを利用できるようにするPPPoA(PPP over ATM)が開発された。とはいえ、端末側にATMのインターフェイスはないため、使い勝手やコスト面では分が悪かった。そこで、レッドバックの音頭取りにより、Ethernet上でPPPを実現するPPPoE(PPP over Ethernet)が開発された。PPPoEを使うことで、Ethernet上でユーザー認証を行ない、さらにIPアドレスを割り当てることが可能になったのだ。

 中野氏は「ATMでは面倒だったユーザー管理が、PPPoEで劇的に簡単になりました。ADSL事業者は、ユーザーのトラフィックを識別できるので、トラブルにも容易に対応できますし、ISPに振り分けられるのでホールセールも可能になったんです」とPPPoEの役割についてこう話す。

 こうしたメリットが理解され、SMSはADSLの普及と歩調を合わせ、ワールドワイドでまさに飛ぶように売れた。需要があるのに競合がいない唯一無比の製品であったため、当時は株価の上昇率で世界最高を記録したこともあった

写真2 ADSLの装置とともに必ず置かれたというSMS 1800

写真2 ADSLの装置とともに必ず置かれたというSMS 1800

「DSLの集線モデムの横に必ずこのSMSがあるといった感じで、ペアで使うのが当たり前。SMS=製品名ではなく、ルータのような一般名詞だと思われていましたから。米本社ではベンツがカローラのように普通に置いてありましたよ」と中野氏は2000 年当時のレッドバックの絶好調ぶりを語る。

懐疑的なキャリアと競合ベンダーの登場

 では、日本ではどうだったかというと、やはり初物だけに多くのキャリアは懐疑的だったが、「当時はCATV業者もADSLに興味を持っていましたから、とにかく引き合いはすごかった。日本では10人そこそこの会社だったのに、PPPoEのセミナーにも日本中のキャリアがやってきました」(中野氏)。

 とはいえ実際にキャリアに採用されるまでには相当の時間がかかったようだ。この間、SMSの後塵を拝してきた競合ベンダーが、いよいよSMS対抗の製品を市場に投入してくる。特にASICなどを駆使した高速な処理速度を誇るユニスフィア・ネットワークス(2002 年にジュニパーが買収)の「ERXシリーズ」は、強力なライバルだったという。これに対抗し、レッドバックは大型筐体の「SMS 10000」を出したが、当初は製品のトラブルが多く、安定するまで時間がかかったという。さらに2001年にはSMSとは異なる次世代のアーキテクチャを採用した「SmartEdge」というルータを投入したが、SMSのような爆発的なヒットには至らなかった。

いまだにシェアを確保
発展途上国で増える需要

 2003年、レッドバックは連邦破産法11条(チャプター11)を適用し、破産に追い込まれる。価格競争に巻き込まれた通信事業者の投資が削減され、米国のベンチャーADSL事業者が次々と倒産したのちの破産であった。

 とはいえ、レッドバックはいまだに生き残っている。破産後、エリクソンがその資産を引き継ぎ、SMSの有用な機能をSmartEdgeシリーズに移し終えたのが現状だという。

 2007年、レッドバックに再び戻ってきた中野氏は「今から考えれば『時代の徒花』のような会社でしたが、他と違うのは、今でもこの分野でしっかりシェアを確保しているという点です。先進国ではすでにSMSは消えつつありますが、インドや中国ではADSLの伸びと共にSmartEdgeがきっちり売れているんです」と語る。今後も枯れたADSLを支えるために、SMSは着実に使われていくことになるだろう。

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