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塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤” 最終回

塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤”

公開の価値

2008年11月02日 15時00分更新

文● 塩澤一洋 イラスト●たかぎ*のぶこ

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 たとえば、一日中ひとつの絵と対峙して、その絵に込められたメッセージを読み取ることができる。あるいは模写によって、創作の過程、表現の技術や手順をなぞることもできる。作品の表現を深く理解したうえで、それとは異なる表現を追求する。過去の人が創造した既存の作品をよりよく知ることで、それとは違う新たな作品を生み出すチカラを得られるのだ。

 文芸やアートの歴史を見れば、既存の作品から何らかの影響を受けて別の作品が表現されるのは明らかである。ひとつの作品は次なる作品の母なのだ。従って、作品の公開には、別の作品が生み出される基礎としての創造的な価値がある。

 逆に、作品の公開に制限が加われば、それだけ新たな作品が生み出される可能性が減殺される。作品が人目に触れにくくなればなるほど、その作品に用いられた表現技術を吸収したり、その作品からインスピレーションを得て別の作品が創作される機会が減るのだ。

 たしかに公開が制約されれば、「希少性」という経済的な価値は上がるかもしれない。しかし他方で、その作品によって別の作品が創作される可能性というクリエイティブな価値は下がることになろう。作品の公開には、創造のサイクルを進める文化的な価値があるのだ。

 では作品の公開に関して、著作権法はどのように作用しているか。著作権法の目的から考えてみよう。


(次ページに続く)

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