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塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤” 最終回

塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤”

公開の価値

2008年11月02日 15時00分更新

文● 塩澤一洋 イラスト●たかぎ*のぶこ

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歴史が彩るバラエティー。いつでも見られる究極の公開


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 以前、英国ケンブリッジ大学に2週間滞在したことがある。800年の伝統を持つ大学の古さと新しさの中に、懐の深さを感じた。そこにいると、「歴史の上に立っている」ことを実感するのだ。学問の歴史を進めるという学者の役割を再認識させるほど、学問の世界を包み込むあたたかさを持った大学である。

 ケンブリッジ大学は、それ自体がひとつの町だ。築700年のゴシック様式の重厚な教会から、数年前に建てられたノーマン・フォスター作の近代的な建物まで、徒歩でめぐれる範囲内に建築物が建ち並ぶ。開業500年というパブがにぎわっているように、現在もまったく普通に使われている現役のものばかりだ。さながら町全体が、9世紀にわたる生きた建築史の博物館である。

 内部が一般公開されているものもあるので、町の中を歩き回るだけで、生きた教材に触れながら800年にわたる建築の歴史を鳥瞰することができる。内部が公開されていないものも、道路から外観を見られるのが建築物のいいところ。「大学構内」という閉ざされた場所でなく、「町」だから道行く人は誰でも至近距離から建築物や壁面に彫られた装飾を鑑賞できる。

 一方、滞在していたカレッジから歩いて1分のところにあるフィッツウィリアム・ミュージアムには、何度も足を運んだ。古今東西の絵画、陶磁器、彫刻などさまざまな美術品を展示している。入場料は無料だ。また、同じ英国のロンドンにあるナショナルギャラリーは、非常に多くの絵画を時代や地域ごとに展示しており、やはり無料。ミュージアムは、所蔵作品のポスターやグッズを販売する収益や、寄付などで運営されている。

 いずれも、アートの歴史を心ゆくまで堪能できる贅沢な空間である。芸術が特別なものではなく、生活の中にとけ込んでいる。いつでもそこに行けば見られるという安心感がある。「入場料」なしで入れることの精神的価値は大きい。

 こうして、いつでも誰でも見られる状態で芸術作品が公開されている社会で生活してみると、「公開」することの意義を改めて感じる。毎日無料で公開されていることの価値は絶大だ。建築にしても絵画にしても、常に過去の作品を参照できる状態にあるから、好きなだけ観察してインスピレーションを得ることができる。


(次ページに続く)

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