インターネット上の誹謗中傷があとを絶たない。
商事法務研究会が公表した報告書「インターネット上の誹謗中傷をめぐる法的問題に関する有識者検討会 取りまとめ」を読むと、その深刻さがよく分かる。
2019年初から2021年末の3年間、法務省の人権擁護機関に2万件超のインターネットに関する人権相談が寄せられ、1237件に対して削除要請がなされている。
だれでも情報発信ができるようになったことは、インターネットがもたらした最大のイノベーションのひとつだろう。
気軽に投稿やツイートができる反面、意図しても意図しなくても、だれもが、他人を傷つけてしまうおそれもある。
誹謗中傷と、そうでない書き込みの境界線はどこにあるのか。
この報告書は、こうした疑問に対して、考え方の整理を目指したものだ。
法務省に寄せられる誹謗中傷相談
法務省人権擁護局は毎年、同省が「救済措置」を講じた事例を公表している。たとえば以下のような事例だ。
ネット上のブログに、無断で顔写真を公表されて「犯罪者だ」との記事が掲載されていた。
被害者は法務局に相談し、法務局がサイト管理者に対して削除を要請し、画像と記事が削除されたという。
別の事例では、SNS上に氏名など個人を特定できる情報とともに、「不倫をしている」などと多数のポストが投稿されていた。
法務局がサイト管理者に削除を要請した結果、アカウントの一部が停止され、投稿の大半が閲覧できない状態になったという。
2020年に公表された事例では、ネットの掲示板に、親と小学生の子どもに対する誹謗中傷が多数掲載されていたというものまであった。
個人の写真の取り扱い
ネット上の個人の写真の取り扱いには、とても複雑な問題が数多くある。
法務省が公開した事例のように、勝手に顔写真を公表された場合、肖像権の侵害に該当するように思える。
だが、この写真を本人がSNSなどに公開し、それが無断で転載された場合はどうだろうか。
こうした事例について商事法務研究会は、こんな考え方を示している。
「まず、自らがインターネット上に肖像の写真等を投稿した際の趣旨や文脈を見て、それにより、肖像権の放棄や転載の承諾の有無や、これが有るとされた場合のその趣旨や範囲を特定し、次に、転載先の掲載の趣旨や文脈を見て、転載がその放棄や承諾の趣旨や範囲に収まるものかどうかを判断するのが適切である」
この考え方を、筆者なりに噛み砕くとすれば、本人が顔写真を投稿したとしても、転載先で顔写真付きで犯罪者扱いされることまでは、認めていないはずだ。
そうなると、ネット上で入手できた顔写真であっても、記事や投稿の内容次第では、ネットからの削除の対象になりうると考えられる。
仮に、こうした写真にモザイクをかけたり、目の部分を黒色の線で消したとしても、問題になる可能性はある。報告書は次のように書いている。
「客観的に被害者の肖像等の写真等であると認められるときは、肖像権の侵害が肯定され、当該投稿の削除を請求し得る場合も十分に有り得ると考えられる」
女性のスポーツ選手の画像や動画
最近、陸上や水泳などの大会を撮影(あるいは盗撮)した動画や画像が、性的な文脈で投稿されていることがある。
こうした問題は数年ほど前から、ネットニュースなどでも取り上げられているのを目にするようになった。
報告書はこうした問題について、次のような考え方を示している。
「性的な趣旨や文脈で撮影され、あるいは投稿がされていると評価できるケースについては、名誉感情、私生活の平穏等の保護法益が社会生活上受忍の限度を超えて侵害されているものとして不法行為法上の違法や肖像権に基づく差止めによる削除が認められ得るものと考えられる」
アスリートとして大会出場を目標に努力を重ねてきた選手が、ネット上で性的な取り上げられ方をすれば、その人の名誉感情が傷つくのは当然だろう。
リツイート、いいねの取り扱い
それでは、こうした個人の権利を侵害する投稿や記事を拡散する行為についてはどうだろうか。
この点については、各SNSの「いいね!」「リツイート」など、それぞれの機能を正確に理解しておく必要がありそうだ。
Twitterのリツイートについては、元のツイートがだれかのプライバシーや名誉を侵害する内容であっても、元のツイートの内容をそのまま表示する機能だ。
このため、報告書はリツイートであっても被害者の名誉やプライバシーを侵害するとしている。
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