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「知財はぜいたく品」からどう脱するか。広島発、CIPO型知財支援の現場

第7回IP BASE AWARD【スタートアップ支援者部門】奨励賞 松本文彦氏(松本特許事務所)インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

提供: IP BASE/特許庁

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

広島を拠点に約400社の中小企業やスタートアップを支援してきた松本特許事務所の松本文彦氏は、第7回IP BASE AWARD【スタートアップ支援者部門】奨励賞を受賞した。松本氏は、特許出願だけでなく、CIPO(Chief Intellectual Property Officer)や知財顧問として創業初期からの経営判断に伴走してきた。地域の中小企業・スタートアップを支援してきたその経験から、「地方には専門家が少ない」という以前に、「知財が役立つこと自体が十分に知られていない」と指摘する。今回、地方スタートアップに必要な知財支援のあり方について伺った。

松本特許事務所
松本 文彦(まつもと・ふみひこ)氏
メーカーで製品設計、試作、量産立上げ等を経験した後、広島市内の特許事務所で特許実務を約10年行い、独立。専門は機械・IT系の特許。知財部がない中小企業・個人事業主への支援を得意とし、広島を中心に東京から鹿児島まで約400社の中小企業およびスタートアップに対して知財サービスを提供している。その企業の一部とは、知財顧問またはCIPOとしてより深く関わっている。

人・モノ・カネが足りないからこそ、知財が武器になる

 スタートアップは、常に限られた経営資源の中で戦っている。人材も資金も十分ではなく、大企業のように豊富な設備や営業力を持つことも難しい。しかし松本氏は、だからこそ知財が重要だと語る。

 「スタートアップは人・モノ・カネが全部足りない状況です。そのような会社にとって費用対効果が高い投資は知財だと思っています。だからこそ、知財に無頓着なのはすごくもったいない」

 一方で、多くのスタートアップは、その重要性を理解しながらも、開発や採用など目の前の課題が優先され、知財は後回しになりがちだ。そこに地方企業の大きな課題があるという。

なぜ知財は後回しになるのか。「知財はぜいたく品」という現実

 では、なぜ知財は後回しになってしまうのか。松本氏は、その理由を「知識不足」と「資金不足」という2つの壁にあると説明する。

 法人の設立には登記が必要であり、事業を続けるには税務や決算も欠かせない。それをほとんどの経営者は知っているため司法書士や税理士に相談する。しかし、知財は何もしなくても当面は事業を続けることができるため、優先順位が低くなりやすい。

 「知財はぜいたく品という認識です。十分な知識がないことに加えて、『ぜいたく品にお金はかけられない』というダブルの障壁になっています」

 特許出願には、内容によっては100万円近い費用がかかることもある。その100万円があれば、開発の外注費やエンジニアの採用、設備の拡充などに充てることができる。創業間もない企業であれば、目の前の事業を前に進めることを優先するのは自然な判断だ。

 さらに、知財への投資は効果が見えにくい。新しい機材を導入すれば開発効率は向上するが、特許はすぐに売上を生むわけではない。将来の競争力を守るための投資だからこそ、その価値が実感されにくい。

 松本氏は、「現在では大きく成長したマネーフォワードですら、初めて特許出願をしたのは創業から3~4年後だった」と例を挙げる。創業間もないスタートアップが知財を後回しにしてしまうのは、ある意味では自然な判断だ。しかし、その判断が後になって大きな遠回りにつながることも少なくない。

「特許への無頓着」が招く遠回り

 知財を後回しにした結果、その代償は事業が軌道に乗り始めた頃に表面化することもしばしばある。他社から特許侵害の警告を受け、初めて松本氏のもとへ相談に訪れるケースが少なくないという。その多くは、それまで知財対策をほとんど行っていなかった企業だ。

 警告を受ければ、生産やサービスを停止せざるを得ない場合もある。設計変更によって回避できたとしても、本来の強みを失うことになる。

 「例えば『ガタガタしないのが強み』だった製品なのに、特許を避けるために、わざわざガタガタするような設計変更をすることがあります」

 工場を止めるか、性能を落としてでも販売を続けるか、という選択を迫られる。このような事例は決して珍しくなく、1カ月で2社が特許問題によって工場停止に追い込まれたこともあったという。

 もう一つ多いのが、「新規性」の要件を知らないまま製品を公開・販売してしまうケースだ。

 「『特許を出したい』と言われて、『もう販売していますか』と聞くと、『3年前からです』ということが平気であります。そこもやっぱり知識不足ですね」

 知財の問題は、起きてから対処しようとすると、設計変更やリリースの遅れ、場合によっては事業そのものの停滞につながる。だからこそ、「事業が軌道に乗った後」ではなく、事業の初期段階から知財を考える必要性を訴える。

CIPO型支援が提供するものは「出願」ではなく「判断材料」

 松本氏が行う支援の特徴は、創業初期からCIPO(Chief Intellectual Property Officer)や知財顧問として経営に入り込み、知財に関する意思決定そのものを支援している点にある。

 一般的な特許事務所では、「特許を出したい」という依頼を受けて支援する。しかしスタートアップでは、その前段階である「そもそも出願すべきか」「何を出願すべきか」という経営判断自体が、知財の専門家ではない経営者や技術者に委ねられていることが少なくない。ここに大きな課題があると指摘する。

 「知財の知識がない人たちによって、知財に関する経営判断を行っているわけですから、その決断した結果が明後日の方向に向いていたりするんですね」

 だからこそ、CIPO型支援の役割は「特許を出しましょう」と勧めることだけではない。出願した場合/出願しない場合のメリットとデメリット、さらに秘匿や契約によって守る方法まで含め、それぞれの選択肢を整理し、経営者が判断するための材料を提供することだ。

 その結果、「今回は出願しないほうがよい」という結論になることもある。重要なのは特許件数を増やすことではなく、知財を使ってその会社にとって最も事業価値を高める方法を選ぶことがCIPO型支援の役割だ。

「出願しないほうがいい」と言える仕組み

 現在のCIPO型支援や知財顧問というスタイルは、前職の特許事務所に勤務していた経験から生まれたという。当時、事務所には毎月多くの仕事を依頼してくれる顧客がいた。しかし、その顧客からは、出願とは直接関係のない相談も数多く寄せられた。その対応を通じて、企業が出願手続き以上に日常的な知財の相談相手を求めている実情に気づいたという。そこで独立後、出願だけではなく日常的な相談も含めて支援する「知財顧問」という形を提案したところ、「そういうサービスが欲しかった」という企業も現れたという。

 この経験は、現在のCIPO型支援にもつながっている。というのも、会社にとって最善の選択が、必ずしも「特許を出願すること」とは限らないからだ。

 場合によっては、出願せずにノウハウとして秘匿したほうがいいこともある。契約で権利関係を整理したほうが事業上のメリットが大きいこともある。しかし、一般的な弁理士の報酬体系では、「出願しない」という提案は特許事務所として経済合理性を持ちにくい。だからこそ、案件単位ではなく、会社全体の利益を考える立場として伴走するCIPOや知財顧問という仕組みを選んだのである。

知財は「権利」だけでなく、交渉材料にもなる

 CIPO型支援の価値は、特許出願の件数では測れない。経営に伴走することで、会社にとって不利な意思決定を未然に防ぐことができるからだ。

 松本氏が関わったある共同開発案件では、大企業側が成果を共同出願する前提で話が進められていた。しかし、その話の内容を確認すると違和感を覚えた。

 「開発費用を出してもらっているとはいえ、こちらが発明しているのに、なぜ共同出願しようとしているのか? おかしいですよね」

 内容を精査すると、発明者と認定されるであろう人物は実質的にスタートアップ側にしかいなかった。それでも、当事者だけで話を進めていれば、「開発費用を出してもらっているから共同開発案件では共同出願するのが普通なのだろう」と、そのまま受け入れていた可能性もあったという。

 そこで松本氏は、相手方との打ち合わせ後に送られてきた、共同出願を進めようとしている議事録を顧問弁護士と確認し、「これは絶対に承認してはいけない」と判断した。

 もっとも、目的は相手の提案を拒否することではない。例えば、本来はこちらが単独出願できる立場であっても、将来の協力関係を踏まえ、共同出願を認めるという選択肢もある。その代わりに、「量産は100%こちらが受注する」といった事業上の条件を引き出せれば、知財は単なる権利ではなく、将来の事業を守る交渉材料にもなる。

地方エコシステムに本当に必要なのは「知財を学ぶ場」ではない

 では、地方のスタートアップエコシステムには何が必要なのか。

 松本氏は、「知財は重要だ」と伝えるだけでは限界があると考えている。実際、特許庁やINPIT、各地の支援機関では数多くのセミナーや相談会が開かれている。しかし、そうした場に集まるのは、もともと知財に関心・知識のある人たちが中心だ。本当に知財を知ってほしい経営者ほど、「自分には関係ない」と考え、知財セミナーには足を運ばない。

 そこで松本氏が提案するのが、「お金が動く場面」に知財支援を組み込む仕組みだ。

 「会社が動くときって、お金をもらうときなんですよ」

 例えば、補助金や助成金の採択条件として、弁理士や知財顧問の助言を受けることを求める。あるいは、スタートアップへの出資や共同研究の際に、知財戦略を検討する機会を設ける。

 そうした仕組みがあれば、「知財が大事だから相談してください」という呼びかけだけでは届かなかった企業にも、自然と知財に触れる機会が生まれる。

 地方エコシステムに必要なのは、知財を学ぶ機会を増やすことだけではない。事業や資金調達のプロセスの中に、知財を自然に組み込む仕組みづくりが必要ではないかと提案する。

無償支援ではなく、「責任が発生する仕組み」を

 松本氏は、セミナーやイベントによる啓蒙活動に加え、INPITや弁理士会などが提供する専門家による無料相談のあり方についても言及した。こうした支援は、知財の第一歩として重要な役割を果たしている。その一方で、企業と専門家がより深く伴走するためには、さらに工夫の余地があるのではないかという。

 松本氏は、漫画『らーめん才遊記』の「金を払うとは仕事に責任を負わせること。金をもらうとは仕事に責任を負うことだ」という一節を引用し、「本当にその通りだと思います」と話す。

 例えば、「無料だから法的責任は負いません」という免責事項を提示する無料相談ではなく、行政がスタートアップへ知財対策費用を補助として給付し、その資金を使って企業自身が専門家へ依頼する仕組みであれば、企業と専門家の間には通常の契約関係が生まれる。無料相談だからといって手を抜くわけではないが、通常の民々契約のほうが継続的な伴走や、責任を持った助言もしやすくなるという。

「スタートアップは本気で事業をしているので、専門家も責任を持って本気でぶつからないといけません」

 松本氏が支援したスタートアップの中には、行政の支援を受けながら成長し、その後M&Aを実現した企業もある。企業が成長すれば、雇用や税収という形で地域へ還元される可能性も大きい。

 知財の重要性を説くことだけではなく、必要な企業が必要なタイミングで専門家と出会い、継続的に伴走を受けられる環境をどうつくるか。松本氏の提案は、地方スタートアップ支援の次の一歩を考えるヒントになりそうだ。

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