Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第12回
【E-DESIGN代表取締役・忽那裕樹氏】「かたち・しくみ・うごき」で都市を変える。行政・経済・市民を繋ぐ「トライセクターリーダー」が始動する、新しい街づくりのOS
街づくり、街おこし、そして都市計画。その最前線には、常に常識を書き換える「キーマン」たちがいる。長年日本の街を見つめ続けてきた玉置泰紀が、いま最も話を聞きたい相手に直撃し、大きく変容する日本の「新しい街の形」を紐解いていく。
今回のゲストは、株式会社E-DESIGN代表取締役であり、ランドスケープデザイナー・まちづくりプロデューサーの第一人者である忽那裕樹氏。
2025年10月13日に閉幕した「大阪・関西万博」での会場デザインプロデューサー補佐(ランドスケープデザインディレクター)としての実績や、官民連携で実現した南海なんば駅前の広場のデザインなどを通じ、日本のパブリックスペースのあり方に劇的な変革をもたらしてきた。
制限だらけの古いOSから、「かたち(環境)・しくみ(持続可能なマネジメント)・うごき(活動プログラム)」が三位一体となった居場所のOSへ。忽那氏が唱える、行政・経済界・市民の間に立って変革を推進する「トライセクターリーダー」による街づくりは、私たちが自分たちの街に誇りを取り戻し、サステナブルな未来をデザインするための、最強の羅針盤となるはずだ。
【ゲスト】忽那裕樹氏
【忽那裕樹氏プロフィール】
株式会社イー・デザイン(E-Design) 代表取締役 / ランドスケープデザイナー・まちづくりプロデューサー。1966年大阪府生まれ。大阪府立大学農学部(緑地計画工学講座)卒業後、コンサルタント会社を経て独立。2000年に株式会社イー・デザインを設立。物理的な空間(かたち)、持続可能なマネジメント(しくみ)、活動プログラム(うごき)の3つのデザインを同時に吟味し、市民と共創する風景づくりを実践。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では会場デザインプロデューサー補佐(ランドスケープデザインディレクター)を務め、「静けさの森」などを手がける。天王寺公園エントランスエリア「てんしば」の再整備プロジェクトに官民連携のプレイスメイキングの観点から参画し、同プロジェクトは2016年度グッドデザイン賞金賞を受賞。現在、2030年開業に向けた夢洲IR(統合型リゾート)のランドスケープデザインに関与している。
忽那氏と私は、2010年から2016年まで開催された大阪府主催の都市型アートプロジェクト「おおさかカンヴァス推進事業」で共に審査員を務めた(玉置は2011年の第2回から参画)、いわば「大阪の街を面白く企む戦友」である。
あの頃の、行政をも巻き込んだ挑戦的であり手探りでもあった挑戦から始まり、2025年10月13日に大盛況のうちに閉幕した「大阪・関西万博」での会場デザインプロデューサー補佐(ランドスケープデザインディレクター)としての多大な功績、そして現在進行形で2030年開業に向けてデザインが進む巨大プロジェクト「夢洲IR(統合型リゾート)」へと、忽那氏が取り組んできた大阪の風景は今、劇的な進化の系譜をたどっている。
トップランナーとして都市の「風景(ランドスケープ)」を牽引し続ける忽那氏に、これからの日本の公共スペースに実装すべき「新しい街づくりのOS」の原点について、話を伺った。
【現在地】おおさかカンヴァスから現在へ。「都市OS」の進化の出発点
玉置: 忽那さんと私の本格的な出会いは、やっぱり「おおさかカンヴァス」でしたよね。2010年に始まったカンヴァスですが、2年目に入るとき、審査員だった谷口純弘さんが「審査する側じゃなくて、自分で作品を作りたい!」と言って急遽降りられて(笑)。その埋め合わせというとアレですが、行政のメンバーも含めて色々画策されて、僕に声がかかったという経緯でした。
当時、現代アートの西の巨人であるヤノベケンジさん、美術界の大御所である建畠晢さんがおられて、そこにランドスケープの忽那さん、社会起業家の塩山亮さん、そしてメディアの人間にいたるまで、本当に多様な分野の人間が膝を突き合わせてガチで議論する、極めてユニークな審査委員でした。私の大学の同級生で、都市部の地域アートには辛口だった美術評論家の椹木野衣ですら「おおさかカンヴァスはおもろい」と公式に大絶賛の寄稿をしてくれて、世間の風向きが徐々に変わっていったのもしびれました。
あの当時、私たちは「公共空間をもっと自由に使い倒そう、遊ぼう」という、既存の制限だらけのOSをひっくり返す価値観を共有して、文字通り規制と「たたかう芸術祭」をやっていました。その原点である「水都大阪」や「橋下徹知事(当時)」との知られざるドラマも含めて、改めてその現在地を教えてください。
忽那氏(以下、敬称略): 本当にあの審査委員会は新時代というか、毎回クレイジーで楽しかったですよね(お互い笑)。審査員が「これ、絶対アカンやろ!」という、行政の規制を完全に突破しないと実現できないような無謀な案ばかりをわざと選んでいくわけですから。
この「おおさかカンヴァス」の、さらに前段階にある決定的な原点が、2009年の「水都大阪フェス」です。大阪の街づくりは、歴史をたどると2001年に、大阪府・大阪市・経済界がともに提案した「水の都大阪再生構想」が第3次内閣府都市再生プロジェクトに採択されたことからスタートするのですが、
当時は大阪府と大阪市、いわゆる「府市合わせ(不幸せ)」と揶揄されるほど仲が悪かった。それを経済界が間に入って、府・市とともに「水の都大阪再生構想」を国に提案、「大阪の再生は、水辺の再生をもって大阪の再生とする」と一本の強烈な軸を通したんです。ハード整備や船着き場づくりを必死に進めて、ようやく中之島公園がリニューアルするぞというタイミングが2009年でした。
そこに、府知事に就任したばかりの橋下徹さんがやってきて、ものすごい「ちゃぶ台返し」を食らわせた(笑)。それまでのすんなり進んでいた「水都大阪2009」という府・市・経済界がひとつになって計画を進めてきたプロジェクトのコンテクストを根底からひっくり返したんです。当時は平松邦夫市長と橋下知事の顔写真がアップで並んで、大川を遡る開催ポスターが話題になりましたが、凝ったポスターを作る余裕がなかったんですね。なぜなら、ちゃぶ台返しのせいで、そもそもの計画が吹っ飛んで、府が独自の水都大阪2009プランを描いて提案することになり、中身が白紙になってしまって、ポスターに載せられる内容がなにも決まっていなかったからです。
「水都大阪2009」 のテーマは市民参画とアートなのですが、橋下さんがそれまでの計画をすべてちゃぶ台返しをして、急きょ、府が独自で水都大阪プランを提案することになり、そのプロジェクトチームに僕が呼ばれたんです。橋下さんはそれまでのプランがすべて一過性になっていると批判的だったので、僕は水都大阪のビジョンを中長期の視点で描いてプロジェクトチームに提案しました。
アートについては北川フラムさんが当初のプランを変更し、市民参画のワークショップ型アートを全面展開する一方で、ヤノベケンジさんが火と水を噴射する「ラッキードラゴン」を河に走らせたり、市役所で巨大な「ジャイアント・トらやん」を展示するなど奇想天外なアートを展開した。これがアートという枠を超えて、橋下知事の心の琴線に、強烈に触れたんです。
そこからは凄まじかった。中之島公園を舞台に52日間のフェス(水都大阪2009)をやり遂げた熱気は、翌2010年から始まった「おおさかカンヴァス」へとそのまま受け継がれました。橋下さんが1丁目1番地に掲げている『規制緩和』を社会実装するためのツールにアートを活用することで、都市魅力を発信することができるという僕の提案も盛り込む形で、条例改正も辞さずに都市で大胆にアートを展開するという「おおさかカンヴァス」が2010年から実施されたのです。規制緩和とアートが“悪魔合体”した瞬間でした。
例えば初年度に登場した、高速道路の車と目が合うようなでっかいこけし(Yottaの作品『花子』)を建てる時も、「ドライバーが驚いて事故が起きるのではないか」という警察の懸念に対し、実際に風船を上げて「どう視界に入るか」の検証実験を府の担当者が率先して行い、大阪府警を納得させに行きました。
さらに2012年には、西野達さんの「中之島ホテル(公園の公衆トイレを実際のホテルに改装して宿泊させるアート)」が登場しました。これは当時の法律や規制になんと7つも抵触していたんです(笑)。公園法はもちろん、1泊1万円をとって営業するための旅館業法や、下を走る京阪電鉄に係る鉄道軌道法まで、本来なら絶対に許されないハードルばかりでした。
それでも、行政の担当だった寺浦薫さんたちが、自ら「法律違反の協議」に突っ込んでいくという、ほかのエリアでは見られないような熱量が現場を支配していました。
この西野達さんの事例などが国交省との議論のフックになり、その後の「都市公園法」の大改正や、現在の「PPP/PFI(公民連携)」の法整備、さらには御堂筋などの「ほこみち(歩行者利便増進道路)」制度へと繋がっていったんです。手続きさえ踏めば、あの時違反だった営業活動が、今は全国の日常の公共スペースで合法的に、持続的な「しくみ」として展開できるようになった。
また、おおさかカンヴァスは、著名アーティストだけでなく、一般市民や学生など、必要な資格や実績なしで、誰でも応募可能な形にして、アイデアを広く公募しました。アイデアは最高だけど技術や資格がないという一般人の突飛な案を、裏方に回ったTSP太陽さんなどの企業が徹底的に技術バックアップして形にする体制を整えた。 たとえ警察や行政との協議で最終的に実現できなかった「アンビルド(未建築)」の案であっても、「じゃあ、何がそのプロジェクトを不可能にさせているのか」という都市のルールの弱点を炙り出し、その交渉プロセス自体を価値ある「アート」として評価しました。
この、カンヴァスの時代に「公共空間で無謀なチャレンジを泥臭くやり切ったエース級のメンバー」や、1970年万博から膜構造の技術で関わってきた太陽工業の人たちが、時を経て2025年大阪・関西万博という大舞台の協会や官民連携の現場へ、再び総結集することになった。この系譜は本当に胸が熱くなりますし、当時のあの狂気のような実験が、確実に現在の、そして未来の「都市OS」を書き換える礎になっていると確信しています。
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