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新清士の「メタバース・プレゼンス」 第56回

画像生成AIの著作権問題、文化庁議論で争点はっきり

2024年03月11日 07時00分更新

文● 新清士 編集●ASCII

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狙い撃ち学習、30条の4但し書きなどが争点に

 一方、審議会の委員の議論を受けて、細かな文言修正をしている部分もあります。

AIと著作権に関する考え方について(素案)令和6年2月29日時点版(見え消し) P.22

 素案には、狙い撃ち学習を想定していると考えられる部分に、追記として「『作風』はアイデアにとどまるものと考えると、(略)『作風』が共通すること自体が著作権侵害となるもものではない」が入り、より明確に“アイデアは著作権では保護されない”ということが改めて強調されました。

 作風の類似自体が著作権侵害になることはないという表現です。ただし、さらに追記として「特定のクリエイターの作品である少量の著作物のみからなる作品群は(中略)意図的に、当該創作的表現の全部又は一部を生成AIによって出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、当該作品群の複製等を行うような場合は、享受目的が併存すると考えられる」という文面が追加されました。これは画像生成AIでは“LoRA”と呼ばれる追加学習のことを示す可能性が高いと考えられます。

 ただし、「アイデアと創作的表現との区分は、具体的事案に応じてケースバイケースで判断される」とも、さらに追記がなされているように、どこまで似ると「創作的表現と共通する」のかは、裁判などの判断をしなければはっきりしないとは言えます。

 また、ここで論じられているのは、享受目的が成立するため、依拠性があるとの判断までという点にも注意が必要です。実際に、著作権侵害となるには、元の創作物にどれだけ似ているのかという類似性があり、その上で依拠性がある必要があります。そのため、単にLoRAで作風が似ているというだけでは著作権侵害が成立しない可能性も十分にあるのです。これらのことは、今後、複数の裁判事例が登場し判例などが積み重なる必要があります。

AIと著作権に関する考え方について(素案)令和6年2月29日時点版(見え消し) P25-26(2ページ渡っていたので筆者が編集している)

 もう1つ大きいのは、30条の4の但し書き問題。著作権法第30条の4には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」という一文がついています。この条項が何を意味するのかが、AIと著作権をめぐる議論では、最も争点となった部分のひとつと言えます。通常は開発・学習段階のことを意味していると考えますが、生成・利用段階のことも意味しているのではないかという異論もあります。

 実際、素案の1月案では、アイデアなどが類似するものが大量に生成されることについて「『著作権者の利益を不当に害することとなる場合』には該当しないと考えられる」と、言い切っている文章だけでした。しかし、委員間で共通した意見にまとまらなかったことから、パブコメ募集時の案では「該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた」と現在の追記がなされました。

 この部分について、再び、委員間で激しい議論がありました。

 早稲田大学の上野達弘教授は、「この文面では、著作権法が保護しないアイデアの大量出力が著作権侵害となる。大量出力が起きるのは利用段階だが、開発と利用主体者が違っている場合でも、開発段階が遡って責任を問われることになりかねないので、これはAIの開発が萎縮する」と主張しました。

 それに対し、弁護士の福井健策氏は、「アイデアの利用は自由で、それにより著作権侵害はないというのは根幹である」との前提条件を確認した後、「ある創作者特化を目的とした学習をして、大量製造が行なわれ、大ダメージを受けることが起きた場合、一考慮要素として論点になりうる。この問題は、パブコメでも対立で最大のもので、創作者の懸念も大きく、AI開発側の意見も強いという分断があり、どうバランスを取ればいいのかを悩ませている。今後の議論に委ねるべき」と話しました。

 弁護士の中川達也氏は、「30条の4は、学習を適法とするものなので、(上野教授の懸念する)利用段階のものが後から違法となることはない。ただ、経済的被害を受けて、アイデアの保護ではなく、複製権侵害を主張して、認められるケースもあるだろう。今、結論を出さなくてもいいのではないか」と述べました。神戸大学の島並良教授は、「30条の4は開発段階のものだが、結果的に、創作者が職業上の基盤を失うのは本末転倒。ギリギリの解釈論で行なうのは本来の解釈論を壊すわけではない。学習と生成段階が、ここまで密着することは想定されていなかったので、別解釈をして良いのでは」と述べました。

 審議会のまとめ役の大阪大学の茶園成樹教授は、「30条の4は、開発・学習段階についての記述なので、それで整理すべきでは」とまとめました。最終案では、さらに修正が入るかもしれません。

 現状の議論を筆者なりに理解すると、30条の4は、基本的には開発・学習段階についての記述であり、単に類似品が出回っただけでは、不当に害するとまでは言えない。「創作的表現」が何を意味するのかは、個別ケースの判断になってしまうとはいえ、それらを満たした生成AIにより作成された代替品が出回るようなことが起きた場合には、著作権侵害の可能性として、生成・利用段階の解釈として一考慮要素になりうる可能性がある、ということのようです。

 ただ、法律分野での「可能性がある」という表現は、「かなり難しい」という意味であるというのが一般的な理解ではあるようで、確立されたと考えるのは早計のようです。結局は実際に裁判が起こり、個別の判例が積み重ならない限りははっきりとは言い切れないのでしょう。

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