Slack Workstyle Innovation Day Online講演レポート
ニューノーマルは「ノーノーマル」 山口周氏が語ったコロナ後の働き方
2020年06月30日 12時00分更新
2020年6月24日に開催された「Slack Workstyle Innovation Day Online」で、独立研究家、著作家、パブリックスピーカーの山口周氏がゲストとしてビデオ講演した。山口氏は“コロナの後で起こる9つの働き方の変化”というテーマで話した。
コロナウイルスの感染拡大によって、社会と我々の働き方は決して元通りにはならず、これまでの常識が通用しない時代を生きていくことになる。その中で今回は会社員の働き方、企業の採用や教育の変化について、自身の考えを語った。
来年のダボス会議のテーマは「グレートリセット」
「過去の災害は地域が限定されていたが、今回のコロナは世界規模で同時に起こった。世界的に、同時に働き方が大きく変わっていく結果、新しい働き方を支援するシステムやサービスが世界中で生まれようとしている」
山口氏がメンバーを務めているダボス会議の来年1月のテーマが発表されたが、それは「グレートリセット」だった。今までのやりかたはすべてリセットされるという意味だ。
では、新しいやり方は何なんだということだが、それはまだわからない。これから私たちが考えていかなければいけないのだと語る。
「週に何日出社」が職場選びの基準になる
山口氏は最初に、コロナによって「仮想空間シフト」が起こっていると語る。
「残りの8項目は、すべてこの仮想空間シフトが引き金になって発生する変化と言っていい。今日のイベント自体がまさにそうなっているが、今までリアル空間で行われてきた仕事が、ことごとく仮想空間にシフトしている。今までの仕事のイメージは、物理的にどこかの場所に集まってみんなで一緒に仕事をすることが常識になっていたが、これが常識ではなくなる。企業は、社員が週に5日出社するという常識を見直さざるを得なくなる」
では、これがどれぐらいなのか。週に1日か2日出社するのか。それとももっと多いのか。これは誰にもわからないと山口氏は言う。「おそらく経産省や経団連などが目安を示すことになるが、その通りになるのかわからない。企業がトップダウンでも決められない」
その理由を山口氏は、「採用マーケットの市場原理が働くから」だという。つまり新卒でも中途でも、応募者は同じ待遇なら出社日数が少ない企業の方を選ぶため、企業はいい人を採用するためには出社日数を減らすしかなくなる。
これがどこで落ち着くのかは、需要と供給が落ち着くまでわからないのである。
「これからは、企業は出社日数を決めることが重要な人事政策、採用戦略になる。社員へのアンケートなどを見ると、週に1日か2日を希望している人が多数のようで、今後も週5日と言っている企業は、採用マーケットで相当厳しくなるだろう」
一方の働き手も、今まで当たり前のように週5日出勤していたが、これからは自分の働き方を選択する必要が出てくる。自分は集まって働く方がいいという人は、そういう企業を選ぶ。1人のほうが生産性は上がると考えれば、出社の少ない企業を選ぶという時代になる。
オフィスへの出社日が減り、リモートワークで運営される企業内では、企業が求める人材要件=「コンピテンシーポートフォリオ」が変化する。例えばマネジャーは、これまでは思いついたときに目の前の部下に「あれどうなった」と聞けば仕事が管理できていたが、そのやり方は通用しない。部下の能力を見極める力も非常に重要になる。
これにより、「マネジメント能力の二極化」が発生する。山口氏は、コロナ前から働き方改革に積極的に取り組んでいた日本マイクロソフトの例を挙げる。
「日本マイクロソフトが週に1日テレワークを義務づけた際に、同社の人事担当者に聞いた話では、それまで評価が高かったマネジャーが率いていたチームは、テレワークの導入でむしろ成績が上がった。逆に、評価が低かったマネジャーのチームは、テレワークの導入でチーム自体が崩壊したという」
リモート×やる気のない社員の悲劇
山口氏は特に、仮想空間シフトの時代は、組織のモチベーションのマネジメントが非常に難しくなると話す。
「職場で上司や同僚の目がある空間では、モチベーションの低い人も、いやいやでも仕事をしていた。むしろ仕事をやっているフリをするのが一番つらい。そのためオフィス内で働くホワイトカラーでは、モチベーションによって仕事の生産性はそれほど変わらなかった。だがこれが在宅になると、モチベーションによって生産性は極端に変わってくる。やる気のない人はとことんやらなくなってしまう。仕事のペースをあえて落としたり、モラルも低下する。逆に、モチベーションを高め、能力を引き出せる仕事を与えれば、職場のように邪魔が入らない分、仕事に集中できる社員も出てくる。細切れの時間を仕事に使えることになると、やる気のある人のパフォーマンスは極めて高くなる」
このようにして、できる組織とできない組織に二極化が進んでしまうというのが山口氏の考えだ。
生産性だけでなく、組織の意思決定プロセスにも根本的な変化が起きる。山口氏は「組織におけるダイナミクスの変化」と説明するが、これは職場の空気を読む文化が、仮想空間では通用しなくなるということだ。会議で上司が見せた微妙な表情や、うなずく仕草などを観察して、忖度するようなことがリモートでは極めて難しくなる。
「これは従来、組織の意思決定を大きく毀損する原因だったので、むしろリモートの場では、空気を読む行動は意味がなくなり、参加者が純粋に正しいと思う意見をぶつけることができるのではないかと期待する」
社員も企業も、場所の制約から解き放たれる
冒頭の出社日数の話で、仮に週に1日か2日出社すればいいという企業に勤める場合、社員はもはや都市部に住んでいる必要はなくなる。これにより「ライフスタイルの多様化」が進むと山口氏は言う。
「東京にオフィスがあっても、たとえば軽井沢、京都などに住んで、週に1日2、3時間かけて出勤するということは不可能ではない。残りの日は、自分の好きな場所で暮らしながら働くという、新しいライフスタイルを手に入れることができる。つまり、住む場所、仕事、仲間選びに自分の考えを反映させることができるのだ」
一方、このことは企業自体の所在地の意味も変え、「企業の地理的多様性」を増やす。ホワイトカラーを抱える大企業のほとんどの拠点は大都市部にあるが、大多数の社員がオフィスで働かなくなれば、都市部のオフィスは縮小し、地域に分散する可能性がある。
「企業は、社員をどこで、どういう働かせ方をしたいのか、一貫性を持って提示しなければいけなくなる。たとえば『社員は家族だ』と公言するような企業がそれを徹底するのであれば、家族が仮想空間にバラバラにいるというのはおかしいので、物理的にも近くに住んでもらって、会社に集まって働くというスタイルを打ち出すだろう」
上記のように、企業が自社のスタンスを示し、その考えに同意する社員だけが働く形になると、何を基準に企業を選ぶのかも重要になる。「仕事選びの要素」も、大きく変わると山口氏は言う。
「社員に“この会社が好きな理由は何ですか?”という質問をすると、これまでは『人が好き』『場所が好き』という答えがけっこう多かった。仕事が仮想化すると、こうした物理要素が仕事選びの要因としては急速に後退する。それらに代わり、職務そのものに意味があるのか、企業の存在意義、理念について共感できるかが重要になってくる。実は、すでにミレニアム世代にはそうした考えが存在しており、コロナを機に急拡大するとみられる」
分断する働き方
また、山口氏は企業に入社してからの「学習格差の拡大」も、大きな問題だと指摘する。
「若手社員が仕事を学ぶ場は、研修だけではない。オフィスの中で上司や先輩がどういう動きをしているかとか、電話で取引先と話すときの言葉遣いなど、あらゆるものを見聞きして、自分のものにしている。学習は多くの場合、実務の空間で行われているのである。これが仮想化するとすっぽりと抜け落ちる。企業はこの先、どうやってその穴を埋め、社員を育成するのか。基本的には、仮想空間の中でも社員に深く介入していかないと難しくなるとみている」
このように、仮想空間へシフトは働き方のスタイルをさまざまに二極化するが、最悪なのが、最後に取り上げる「メンタルの二極化」だと山口氏は言う。
「人間は社会的な動物。人と会うことで仕事の話以外の雑談、たとえば給湯室やたばこ部屋、同僚とのランチなどで精神のバランスを保っている人が相当数いたはずだ。それが消滅し、かつ仕事の場と住空間が接触して一体となると、仕事というものから精神的に逃れることが非常に難しくなる。その時、孤独耐性が高い人はむしろ生産性が上がるが、孤独に耐えられない人は仕事への満足度と意欲が大幅に悪化する。これには、企業側のケアが必要だ」
仕事をする上で当たり前に思っていた組織、リーダーシップ、マネジメントの常識。去年まで普通だったことは全く通用しなくなる時代が訪れる。
山口氏は最後に、「昨今『ニューノーマル』と盛んに言われているが、この考え方自体が古い。常識が少し違うことに変わる程度と思っているのかもしれないが、そうではない。これからの時代は、『ノーノーマル』、つまり“普通がない時代”に突入する。その中で一番重要になるのは、自分がどんな仕事をして、どんな人生を送りたいのか、しっかりした考えを持つことだ」と語った。