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さくらの熱量チャレンジ 第30回

産学医がタッグを組んだ医療電源の開発プロジェクトを追う

大震災を経験した東北の医療現場を救うワンダーパワーステーション誕生の舞台裏

2019年02月19日 09時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

提供: さくらインターネット

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 1万8000人以上の死者・行方不明者を出し、東北地方に壊滅的な被害をもたらした東日本大震災。あれから7年の月日を経て、東北発の防災システムとして生まれたのが「ワンダーパワーステーション」だ。命に直結する医療電源を確保すべく、産学医がタッグを組んだ開発プロジェクトについて取材した。

医療機関を停電から救う非常用蓄電池「ワンダーパワーステーション」

 地震や台風などが多い災害大国日本。いったん停電が発生すると、常時電気を必要とする医療機関は業務に大きな支障が出る。照明がなければ夜間の診察や施術はできず、PCやプリンター、ネットワークも使えないので、電子カルテや処方箋の印刷も難しい。冷蔵保存しなければならないワクチンなども使えなくなる可能性が高い。

 実際、昨年9月に起こった北海道胆振東部地震においては、全道停電(ブラックアウト)のため、医療機関が患者の受け入れができないという事態が起こった。大病院のように自前での発電設備を持てない個人病院や医院では、あまねくこのリスクに対応する必要があり、安価で使いやすい非常用蓄電池はニーズも高い。

 今回紹介するワンダーパワーステーションは、太陽光発電モジュールと蓄電池、UPS(無停電電源装置)を組み合わせた防災システム。普段は太陽光で発電した電力を蓄電池に充電しておき、停電時には蓄電池からの給電を受けられるというものだ。しかもUPSを備えているので、非常用蓄電池への切り替えは自動で行なわれ、無停止で給電を継続できる。

太陽光発電モジュールと蓄電池、UPS(無停電電源装置)を組み合わせた防災システム

 医療機関向けの非常用蓄電池はいくつか商品化されているが、ワンダーパワーステーションが利用している電池はかなりユニークだ。東北大学が開発したマンガン系リチウム電池である「フルインターカレーションリチウムイオン電池」を採用することで、従来に比べて約1.4倍以上の充電量を実現している。コンデンサーを利用せず、太陽光パネルを直接つないで蓄電でき、抵抗の低いマンガン酸リチウム正極を電池に採用したことで、雨や曇りでも蓄電できるという特徴を持つ。2700Whの蓄電容量を晴れの日には約3時間でフル充電でき、雨の日でも1日で1000~2000Whまで充電できるというから驚きだ。

安全性と充電効率にこだわった新しいリチウムイオン電池

 このワンダーステーションの技術的なコアであるフルインターカレーションリチウムイオン電池を開発したNICHeの白方雅人特任教授は、1990年代に大手メーカーで携帯電話向けのマンガン系リチウムイオン電池の開発・量産までを立ち上げ、その後自動車メーカーと共同で大型ラミネート電池を生み出した電池のいわばエキスパート。リチウムイオン電池が本来持つ「高効率性」と「多様性」を活かした電池の開発を進めてきた白方氏は、「安全性を考慮せず、容量のみを追求しているいびつな状況」と現在のリチウムイオン電池の開発に警鐘を鳴らす。

東北大学 未来科学技術共同研究センター(NICHe)特任教授 白方雅人氏

 もともとリチウムイオン電池は、リチウムイオンが正負極間を行ったり来たりする「インターカレーション」という現象を用いて充電と放電を行なっている。とはいえ、これはあくまで原理に過ぎず、実際のリチウムイオン電池は多種多様なものが利用できる。正負極の材料や電解液の選択で、容量や安全性、信頼性、放電特性などの異なるさまざまなスペックの電池を作れるのだ。しかし、現在主流のニッケルやコバルトを用いる三元系リチウムイオン電池は、容量は稼げるが、熱暴走しやすく、安全性に難を抱える。もちろん、メーカーはさまざまな安全対策を施しているが、これにより本来の充放電の効率性が大きく失われているのが事実だ。

 一方、白方特任教授の採用するマンガン系は三元系に比べて容量は低いが、熱暴走しにくいため安全性が高い。実際、開発開始から20年に渡って、発火事故を起こしたことは一度もない。安全な電池だったら、構造もシンプルにできる。シンプルだったら、ロスエネルギーも小さい。そのため、ワンダーパワーステーションでは、太陽光パネルの電力を無駄にすることなく充放電できるシステムを構築できる。システムを簡略化することで、通常2割程度落ちるはずの充電効率を落とさず蓄電できることがすでに実証されている。

電池の安全性と容量(提供:白方特任教授)

 無駄な回路を取り去り、安全で抵抗の低いマンガン系を採用し、アプリケーションを徹底的に考えた結果、きわめて高い充電効率を実現した。実証実験を披露した白方特任教授は、「安全で、きわめて抵抗が低いため、雨の日の微弱発電でも蓄電することができます。ある程度は想定していたのですが、予想以上の結果でした」と白方氏は振り返る。電池を回路で制御するという製品設計とは対極にある徹底的なシンプル化が、従来比1.4倍(晴天時)という充電効率のからくりだ。

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