日本人ノーベル賞受賞から見える日本の科学と世界経済の接点
世界中の製薬企業までも巻き込んでしまった免疫チェックポイント阻害剤のインパクトと、日本での評価のズレを考える
10数年の受賞ラッシュの裏に見える成果
ところで、10月14日付の産経新聞のネット版の記事に、脳科学者の茂木健一郎氏がコラムで「科学研究は、サッカーのパス回しのようなものだと思う」と書いていた。
昨今のノーベル賞フィーバーで受賞者のみがもてはやされている状況を揶揄したコラムの中での表現だが、非常に的を射ていると思う。本稿の最初に述べたノーベル賞の受賞にまつわる噂の中に「研究成果が実用化されていること」というのがあった。
2001年受賞の田中耕一氏の研究成果も、その後世界中の多くの企業がMALDIという手法で質量分析計を広く活用したことが評価されているのであり、2008年に受賞し、先日お亡くなりになった下村脩氏の受賞理由となったオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見も、同時受賞したRoger Tsien氏、Martin Chalfie氏によって細胞の活動を観察する手段として世界中の研究室で広く使われたことが受賞につながっている。
ここ10数年の受賞ラッシュはようやく日本という国が科学の分野でパス回しに参加できるようになってきたことにはならないだろうか? そして本庶氏はそのパス回しを世界的規模で実現したのだ!
日本が世界の科学界で経済的なインパクトも含めて一員として振る舞っているこの状況を目の前にし、そしてその最先端の研究者たちと同じ空気を吸うことができる今の日本で我々は仕事をしている。30年近く前に科学雑誌「Newton」の世界に憧れて科学の世界に飛び込んだ高校生の自分の決断に心から感謝したい。
国費をベースとした研究費の減少は嘆くべきことではあるが、日本の研究者が成し遂げた成果についてはもっと世界規模で捉え、正当に評価するべきだと考え、本稿をしたためた。科学は一流になったが、その成果を正当に評価し、根源的な発見を人類への貢献へと振り向ける仕組みはまだ十分でない。筆者は次世代の科学研究、その評価体系、そしてその成果を教科書の中だけでなく生活の中へ還元する仕組みを作るために奔走している。
筆者からのお知らせ
最後に筆者が筑波大学で実施している医療系スタートアップ向けのアクセラレーションプラグラム“Research Studio powered by SPARK”のイベントのお知らせをさせてください。
来る12月16日(日)、同プログラムを共催している慶應義塾大学病院で米国のスタンフォード大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、マサチューセッツ州ケンブリッジのBiolabsより研究者、事業家を招聘し、それぞれの地域でのスタートアップを含めた医療系事業のエコシステムについて議論するシンポジウムを開催します。研究者、大学発の技術の導入を考えている企業関係者、そして自ら事業を立ち上げようとしているアントレプレナー候補の方々の参加をお待ちしています。
アスキーエキスパート筆者紹介─小栁智義(こやなぎともよし)
筑波大学つくば臨床医学研究開発機構 教授 博士(理学)。
より健康で豊かな社会の実現を目指し、大学発ベンチャーを通じたライフサイエンス分野の基礎技術の実用化、商業化に取り組んでいる。スタンフォード大学医学部での博士研究員時代にベンチャー起業を通じた研究成果の事業化に接し、バイオビジネスでのキャリアを選択。帰国後は多国籍企業での営業/マーケティング、創薬、再生医療ベンチャーでの事業開発職を歴任。京都大学医学領域の産学連携業務に従事し、複数のスタートアップ企業組成に関わった後、2018年より現職。現在は医療イノベーションエコシステム構築のために大学を中心としたつくば地域、そして日本発のベンチャー育成に携わっている。京都大学病院クリニカルバイオリソースセンター研究員を兼務。経済産業省プログラム「始動Next Innovator」第1期生。大阪大学大学院卒。