特別企画@プログラミング+ 第14回
「ついに見えてきた2020年の学校でのプログラミング教育」セミナーレポート
プログラミング必修化、ICTの学習活用最下位の日本はどうすべきか?
2017年02月16日 09時00分更新
日本には小中高校あわせて約1,400万人の生徒がいて、約100万人の先生がいるそうだ。その学校で、小学校段階において、2020年からプログラミング教育が開始され、中高においても強化される。いままでも中学校では部分的に導入されていて、高校なら情報の授業もあった。しかし、世界的にプロクラミング教育の重要性が説かれる中ではじまるプログラミング教育は、どのような内容となるのだろうか? 昨年12月21日(水)、その指針となる新しい「学習指導要領」の答申が出され、間もなく正式な「学習指導要領」も告示される。角川アスキー総研では、学校でのプログラミング教育を知るべく2月6日(月)に「ついに見えてきた2020年の学校でのプログラミング教育」と題したセミナーを開催した。そのようすをレポートする。
1時間で分かる! 次期学習指導要領
今回のセミナーで第一部として次期学習指導要領の解説を行ったのは、ICT CONNECT 21事務局次長の寺西隆行氏。ICT CONNECT 21は、教育と情報通信技術に関係する企業や団体を“つなぐ”組織で、3月9日(木)に設立総会が予定されている文科省、総務省、経産省と民間による「未来の学びコンソーシアム」でも事務局運営を担当している。寺西氏によれば、プログラミング教育というテーマを論ずる前に、まず、「学習指導要領とは?」、そして、「今回の学習指導要領改訂の全体像」という前提が理解されていなければならないという。
学習指導要領とは、「全国のどの学校でも一定の水準の教育を受けられるようにする」目的で、各学校のカリキュラムの基準として文科省が定めるもの。約10年ごとに改訂されており、たとえば、'77年~'78年に改訂された学習指導要領では、いわゆる「ゆとり教育」につながる学習内容の削減が始まった。今回の学習指導要領改訂では、「情報化」や「グローバル化」といった社会的変化の中で必要とされる資質・能力を備えることができる学校教育を実現することを目標としている点が特徴だという。小学校段階での「プログラミング教育」の必修化や小学5年生からの「英語必修化」はこの目標のもと決定されたわけだ。
そこで、寺西氏があげたキーワードでとくに注目すべきものとしては、次の3つをあげてよいだろう。
■主体的・対話的で深い学び
「主体的な学び」・「対話的な学び」・「深い学び」の3つの視点からなる学び方が今後のカギとなるとのこと。学習量の削減を行わず、授業中の「学び方」を「主体的・対話的で深い学び」に変えることによって、学習の質の向上を目指している。
■第4次産業革命
最近の経済政策のキーワードである。「IoT」、「マスカスタマイゼーション」などによる産業の変革を「第4次産業革命」と呼んでいる。また、「Society5.0」という、これら情報技術などを組み合わせたイノベーションにより社会そのものが変革されるという言葉も紹介された。今回の学習指導要領改訂では、こうした社会的変化の中での学校教育のあり方を策定している。
■社会に開かれた教育課程
よりよい学校教育により、よりよい社会を創るという目標を学校と社会が共有していくというもの。子どもたち自身が世界や社会の状況を把握し、そのために身につけるべき資質・能力を明確化すること、また学校教育を学校内のみならず社会と連携していくことを目指している。今回の学習指導要領は先生だけが読むものではなく、親や地域の人も読むようにしてほしいとされている。
学習指導要領は、諮問から(小学校段階の)開始まで実に5年4カ月もの時間をかけて行われる見直しのまだ途中の段階にある。寺西氏によれば、カリキュラムとして教育現場に落とし込まれるまでには、このあと教科書が作られることになるが、教科書検定が、実際の授業での教え方がどうなっていくかには大きなポイントになるという。
それでは、今回のセミナーのテーマである学校におけるプログラミング教育は、どのような形で進められようとしているのか? 寺西氏は、情報教育の背景や'13年の「産業競争力会議」における楽天株式会社の三木谷浩史氏による「日本の教育機能の中で、 産業競争力に関わる教育の質が相対的に低い」とする資料がきっかけになったプログラミング必修化へまでの経過を詳しく解説。
現状、プログラミング教育へ取り組みは、文科省が「教育課程内」の小学校段階からのプログラミング教育必修化、総務省が「教育課程外」の若年層に対するプログラミング教育の普及推進、そして、経済産業省が「先端人材の育成」などを目的としたものと、すみわけされた形になっているという。しかし、今後は、文科省・総務省・経産省の三省に加えて民間も連携した「社会に開かれた教育課程」の実現のためのコンソーシアム(セミナー時点では公開されていなかったが3月9日に設立総会が開催される「未来の学びコンソーシアム」)が設立されると紹介した。
プログラミング教育は、ではどうあるべきなのか?
第二部では、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の豊福晋平氏が登壇。豊福氏は、教育の情報化をテーマに研究しており、同センターで教育現場や関係者をむすぶ取り組みやi-learn.jp という情報教育のためのサイトを提供している。同氏によるプログラミング教育の現状と今後の展望についての解説に続いて、寺西氏を交えたトークが行われた。
豊福氏は、プログラミング教育議論の「百家争鳴」は'90年代の情報教育論争の頃に似ているとして、さまざまな専門の人たちが自分達の流儀と教育像について理想を語っている状態を述べた。しかし、学校の教育は20年後の将来を見越して組み立てる必要がある。ビジュアルな環境がプログラミング人口を増やす一方、昔ながらのコーディング的な仕事はもっと限定されるだろう。何を目的としてどのような経験を与えるか、については結局、教育関係者が引き取って必死に考えるしか方法がないという。
たとえば、「プログラミング的思考」という言葉が、文部科学省の審議会で使われた。実際的なコーディングの作法よりは、それに必要な論理的思考の方を重視する考えだ。これは、様々な専門家の原理主義やコーディング至上主義(現在主流のコーディング作法や知識を叩き込んでプログラムを書かせようとする立場)の人たちから学校教育を守るために作られた言葉だと豊福氏は指摘する。だとしたら、「プログラミング的思考」とは何かをきちんと問うべきではないかという。
プログラミング教育への注目は世界的なもので、21世紀型スキルなどの新しい学習観とともに、各国で培われてきた教育情報化の政策を基礎として展開されている。ただし、OECD生徒の学習到達度調査「PISA」2015年のICT活用調査では、日本の学校の情報環境やICTの学習用途利用頻度は調査参加国中でも最低レベルで、世界から20年以上遅れているという。こうした日本の状況で、プログラミング的思考を扱おうとする難しさを考えなければならない。
また、教育関係者の中には子どもの「発達段階」(年齢のまとまりごとに他の年齢群とは異なる発達上の特徴があるとする考え)により、小学校3年生までコンピューターを使わせるべきでないという意見もあるが、先のPISA2015のICT活用調査をみると6歳以下でコンピューターに触れる機会は日本より他国の方が圧倒的に多い。我々をとりまく生活環境がすでに変わってきているのだから、子どもの実態に合わせるべきだと豊福氏は指摘する。
こうした厳しい状況に加えて、今回の学習指導要領改訂では、プログラミングを学ぶ具体的授業時数が定まっていない。豊福氏は、プログラミング教育はこれまでの教員主導型の教育とは違う方法をとるべきだと主張した。
学校教育では様々な「プログラミング的思考」の扱いが試行されているが、よく見られるパターン、たとえば「アンプラグド」(PCを使わずに本などで学ぶ手法)、「ロボット」(ロボットを作り制御するプログラムを作る」、「教科の学習内容とプログラミング的思考を組み合わせる方法」について、それぞれ課題があるという。豊福氏は、学校の情報環境が貧弱で、経験のある指導者も十分確保できない状況を考えると、現状では1人1台のコンピューターを確保した学習者中心の「ハンズオン型(子どもが自身の操作で試行錯誤する)入門」を教育課程内でやり、それを教育課程外の活動にブリッジするのが妥当ではないかとした。
2020年に間に合うのだろうか?
寺西氏は、デジタルとは縁のない人生を送ってきて、たまたまZ会に入社後にITやWebにかかわるようになったという。それに対して、豊福氏は前述のPISAの結果のさまざまな解析も含めてデジタルを自在に使いこなす立場だ。対談では、それぞれ視点は異なるものの今回の教育指導要領改訂を受け止めながら、それが適用される2020年までに多くの乗り越えるべき課題があることで意見が一致していた。実際のプログラミング教育のやり方は、まだ具体的に示されておらず、学校現場の判断にゆだねられているのが現状なのだ。
会場を交えた質疑応答では、学習指導要領が目指す学校教育と実際の教育現場(教師が多くの仕事を抱えていることや、機器環境に加えて管理者のICTへの理解がないなど)のギャップを感じざるを得ないさせる質問が多く出た。数年前に比べれば、プログラミング教育は注目を集めるようになってきており、市販の教材や教室も活発だ。省庁による実証実験やさまざまな取り組みもされている。何も決まっていないということは、逆に考えれば自由度が残されていると見れないことはない。しかし、「社会に開かれた教育課程」の検討プロセスが効果的に進まないと、2020年に間に合わせるのは厳しいというのが参加者の正直な印象だったのではないか。
寺西隆行(てらにしたかゆき)
1997年(株)増進会出版社(現Z会)入社。数学の教材編集に携わりつつ、2001年からメールマガジンを企画・配信開始。2004年に宣伝担当に移動し、Web担当として、2005年携帯Q&Aサイト、2006年中高生専用SNS、2007年「Z会ブログ」を企画・開発した後、2008年から足掛け2年にわたりWebサイトリニューアルPJリーダーを務める。一連の活動が評価され、第1・2回日経ネットマーケティングイノベーションアワード優秀賞連続受賞(参考リンク)。2014年より、“東大までの人ではなく、東大からの人を育成する”ことを目標にした個別指導専門塾「Z会東大個別指導教室プレアデス」の開発、大学入試改革に対応し新しい時代の若者の成長に寄与する、「アクティブ・ラーニング」を軸にした塾の新しい形「メテウス」のコンセプトメイキング等に携わった後、2016年にICT CONNECT 21 へ参画。
豊福晋平(とよふくしんぺい)
1995年より国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)に勤務,現在は准教授・主幹研究員。専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。長年にわたり教育と情報化に関わるテーマに取り組む。主なプロジェクトとして、Appleとの共同による学校間交流プロジェク ト「めでぃあきっず」(1995 ~98)、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)企画運営(2003 ~ 13)、総務省・世田谷区による地域 ICT利活用モデル構築事業(2007)、文部科学省・学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究「学校からの情報提供の充実等に関する調査研究」(2008)、文部科学省・緊急スクールカウンセラー等派遣事業・東日本大震災被災地のための学校広報支援「ともしびプロジェクト」(2011~)など。現在は学習者中心の 1 人1 台学習情報環境構築のためのプロジ ェクトを展開中。
未来の学びコンソーシアム」を設立します~官民でプログラミング教育を~
i-Learn.jp
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