がん判定をAIが支援!生命科学を画像解析で変革するエルピクセル
未来の生活を変える画像データを軸にしたイノベーション
画像からのアプローチで実現する「医師を支えるAI」
がんの診断については医師個人の経験が大きく影響することから、診断や治療方法について医師間で意見が割れることはままある。「医療の標準化がなされておらず画像の見落としによるミスも否めない現状だからこそ、画像分類を得意領域とするAIの出番が訪れる」と島原氏は語る。実際に2007年から国立がん研究センターとともに開発を進めてきた画像自動分類の技術は、マウスの実験でほぼ100%がん細胞を検出できるまでになっている。
もともとあるがんと転移でできたがんは性質が異なり、治療法も変わってくるため、実用化ができればより精度の高い医療が実現できる。だがこのソフトウェア開発の影には、診断のためにCTの画像を1日数千枚、数万枚も眺め続けて疲弊する医師の苦労があった。今まで医師個人に頼りきりだったがん診断を支援し、患者とのコミュニケーションにより集中できるよう支援するのが目的だ。将来的にはがんだけでなく、病理画像や内視鏡画像など医療系画像すべてを網羅することも検討しているという。
「医療画像大国日本」だから叶う
世界における日本の画像分析の優位性
ライフサイエンス分野の研究を支援し、医療現場では医師に代わって煩雑な画像分類を引き受ける。「科学を加速させるAI」がイノベーションを起こす未来はもはや手の届く位置に迫ってきているが、これを実現するためには膨大なサンプルが必要となる。AIに学習させ、精度をさらに高めるためには、「いかにデータの源泉を抑えるか」が大切だという。
この点、日本は非常に恵まれている。実は、日本は世界有数の医療画像大国で、日本全国の医療機関に導入されているCTやMRIの台数はEU全体のそれよりも多く、アメリカと肩を並べる。かつ、特定のMRI検査の年間件数はアメリカの1桁台に対し日本は20万件。このように、医療画像については日本に圧倒的なアドバンテージがある。「画像と技術、その2つが掛け合わさって初めていいものができると考えれば、日本は有利な立場にある」と島原氏は自信をのぞかせる。
前述のがん診断支援ソフトウェアは、臨床で医師が実際に画像分類しながらAIに学習させるという、医師の経験を活かしたシンプルなシステムだ。特徴量の抽出についてはディープラーニングも用いる。精度を高めるには一般的に5万件以上のデータが必要であるといわれるが、エルピクセルでは研究機関と契約し、年間2万件以上、過去分をあわせると10万件もの臨床データを押さえ、正診率を上げる土台ができているという。
AIによる画像分析が今後伸びる理由
この10年、ライフサイエンス研究での画像データは100倍以上に膨れ上がっている。その現状について、島原氏は次のように述べる。「現時点で埋もれてしまっているデータはたくさんある。画像の量が100倍になっても研究者の処理スピードは100倍にならない。見過ごしているデータはかなり多い」。ここに、AIによる画像解析が伸びる理由がある。
研究機関を対象に絞れば、大企業が自社で抱える研究所へソリューションとして提供するBtoBでの仕組みはもともとあった。だが、ことライフサイエンス領域全般における画像処理ソフトの開発や研究のコンサルテーションまでを手がける企業はエルピクセル以外に見当たらない。それは、同分野における人材が圧倒的に不足しているためだ。生物学に長けている人、情報処理や画像処理に明るい人、それぞれの分野では優秀であっても、両方の架け橋となる人物となるとそうはいない。「技術だけあっても仕方なく、いかにデータを解析できる人がそれをやるかが大事」と語る島原氏。エルピクセルはそうした意味でもほかの企業との差別化ができていると自負する。
そもそも島原氏がエルピクセルを立ち上げた源流は、東京大学で生物学を学んでいた学生時代までさかのぼる。当時行っていたのは菌の遺伝子を組み替え、新たな機能を持たせるというものだった。何万種類とある遺伝子の組み合わせに求められるのは、科学というよりITの側面が強く、「21世紀はライフサイエンスとITの掛け算の時代になるのでは」という考えを島原氏は抱く。たとえばDeNAの「MyCODE」のように、遺伝子情報をデータベース化するような単純なバイオインフォマティクス(生命情報学)分野は、生物学のバックグランドを持っている人よりも、情報処理に長けている人の方が活躍できる分野といえる。
自分の強みを生かすのはいったいどこなのか。2011年、大学院に進学した島原氏は画像処理分野の研究に携わり、「画像のデータ量は急激に増えているのに対し、それを処理する人材が圧倒的に不足している」という点に気づく。たどり着いたのは「専門性が高く、人材が足りていない、かつ、データは増える一方というギャップがある画像処理の分野は、今後間違いなく大きなビジネスになる」という構想だった。
大学院修了後はすぐに起業せず、社会でのビジネス経験を積むために就職。グリーやKLabで経営企画や海外事業開発の経験を経て、研究室の仲間とともにエルピクセルを立ち上げた。以降、画像処理や画像解析のノウハウを武器に、「ライフサイエンス領域における画像解析ソフトウェアのトップデベロッパー」を自認し、イノベーションの根幹となる研究の現場を支えている。