がん判定をAIが支援!生命科学を画像解析で変革するエルピクセル
未来の生活を変える画像データを軸にしたイノベーション
世界のライフサイエンス(生命科学)領域における研究・臨床の現場が大きく変わるかもしれない。
ビッグデータ時代の到来が叫ばれて久しいが、同時に現場ではめまぐるしい勢いでデータ量が増加している。医療の現場を例に挙げれば、CTやMRI(身体の断面画像検査)の画像データ量は10年前に比べ100倍もの勢いで増え続け、医師は診断のため日々数万枚もの画像と向き合うことになった。研究開発の現場でもこうした画像解析は必須だが、自身の専門分野とは別に画像処理に関する教育を受けたことのある人材は少ない。増え続けるデータに対しそれを解析する人材が乏しいのが実情だ。
こうした課題を画像解析という側面から解決すべく立ち上がったのが、東大発ベンチャーのエルピクセル株式会社(LPixel Inc.)だ。同社は共同開発、自社開発、教育の3つをビジネスモデルの柱に掲げる。事業例は研究のワンストップ・コンサルテーション、人工知能(AI)の画像解析によるがんの検出、研究者に対する画像処理教育など、いずれも研究・臨床の現場の効率化に資する取り組みだ。
中でもAIによる画像解析技術は、画像処理のスキルを持たない研究者でも画像の扱いを容易にし、論文執筆を含めた研究活動に集中する環境を整える。さらに、医療の現場では画像分類をAIに任せることで、医師と患者とのコミュニケーションを円滑にすることを狙っている。
設立から2年。医療、製薬、農業などのライフサイエンス分野で「科学を加速させるAI」の実現に邁進するエルピクセルの島原佑基代表取締役に話を伺った。
「ライフサイエンスをサポートする」ビジネスモデル
2014年設立のエルピクセルは、独自の画像解析技術を活かして医療・製薬・農業などライフサイエンス分野の研究を支援する以下3つのビジネスモデルを構築している。
1つ目は、研究者や研究室との共同研究・受託開発。設立当初はアカデミアからの引き合いが主だったが、現在では民間の研究機関とのコラボレーションが全体の3割ほどを占める。こうした共同開発のほかに、研究の現場の効率化・高精度化を支援するコンサルティング業務も同社の事業となっている。
2つ目は、画像解析のノウハウを活かした自社開発。一例が、国立がん研究センターとともに開発を進める画像解析によるがん診断支援ソフトウェアの開発である。詳しくは後述するが、この技術を用いることでがんの正診率を高め、早期発見と的確な治療が可能となる。
そして3つ目は、研究者のための画像処理教育だ。現在、医療、製薬、農業などのライフサイエンス分野では、研究者の9割が論文で画像を使用しているという。しかしながら、大学の講義などで画像処理を学んだことがある人はそのうちのたった3%しかいない。そこでエルピクセルでは、Adobeと連携した画像処理教育プログラムを提供している。
将来に向けて動くAIによる画像解析システム
エルピクセルが現在展開しているのが、画像不正を見抜くアプリケーション『LP-exam』だ。テキストのコピーアンドペーストで作成された論文を検出するソフトはあるが、その画像版といえばイメージしやすい。日本でも画像不正にはじまるスキャンダラスな論文改ざん事件は記憶に新しいが、LP-examの出現には国内のアカデミア、製薬会社、研究室だけでなく、海外からも熱視線が送られているという。
しかし、展開はここだけでは終わらない。島原氏によれば、開発を進めるAIによる画像解析システムでは、さらに2つの大きなプロジェクトが将来に向けて動いているという。
1つが、画像処理によるストレスから研究者を解放し支援する「画像解析クラウドシステム」だ。
画像解析には専門的なスキルが必要だが、前述したように研究者の間で画像処理を学んだことがある人はたった3%しかいない。こうしたスキルがない人でも簡単に画像を扱えるようにするには、現在「人」がやっていることをソフトウェアに行わせればいい。同システムの理想は、あらかじめ用意された質問に答える形で情報入力をすれば、自動的に画像解析ソフトウェアができあがる。ゆくゆくは画像を自動管理・解析し、有用なデータを自動で出力する。まるでクラウドバックオフィスのようなAIを使った画像解析による研究支援こそ、島原氏の言う「科学を加速させるAI」の真髄だ。こちらは全世界のアカデミアに向けた取り組みの将来像を持ち、2016年内には初期版をリリース予定だ。
そしてもう1つ、先端技術を用いて破壊的イノベーションを起こそうというエルピクセルのビジョンと大きく合致するマーケットが医療分野である。国立がん研究センターとともに自社開発を進めるがん診断支援ソフトウェアは、「医師を支えるAI」として2020年での実用化に向けて活躍が期待されている。