電荷ではなく磁気を使う不揮発記録
MRAMの構造は、実のところ主記憶メモリーとして主流のDRAMとほぼ同じ、と言っていい。DRAMはコンデンサーに蓄えられた電荷で記録する。コンデンサーと言ってもその容量は非常に少なく、数10fF(フェムトファラッド:10^-15)程度だ。
DRAMのコンデンサーは極小容量ゆえに、電源を切るどころか放置するだけで電荷が漏れてしまうので、定期的なリフレッシュが欠かせない。一方で製造プロセスの微細化によって、DRAMはコンデンサーの容量維持に限界が近づいているという(方法はないわけではないがコストが上がる)。
MRAMはコンデンサーの代わりに、2つの強磁性体に挟まれた磁気抵抗素子(MR)の、抵抗値の変化を利用する。強磁性体膜が同じ方向で磁化していると抵抗値は低く、反対方向では抵抗値が高い。2つの磁性体のうちひとつは向きが固定されているので、もう片方の磁性体を変化させることで記録する(実際はもう少し複雑だが、ここでは原理の説明に留める)。
「磁性体と磁気抵抗素子を使う」と聞けば、ピンとくる人もいると思うが、これは現在のHDDと似たような原理である。大きく違うのは、HDDが1つの記録面に対して1つの磁気ヘッドが移動して読み書きするのに対し、MRAMはすべての記録部に読み書きのための素子が付いているという点だ。
先述のようにDRAMは、極小のコンデンサーで記録するために、電源を切るどころか一定時間で漏れ電流によって電荷が減って、情報が保持できなくなってしまう。だがMRAMは磁気記録ゆえに、原理的には長期間情報を保持している。また書き換えの速度も速く、さらに不揮発系のメモリーに使えば、ほぼ半永久的に読み書きができる(保証値は10^15回で、普通のDRAMと同じ)。
容量が増えて価格が安くなれば
メインメモリーにも採用?
不揮発性で速度が速く、読み書き回数の制限もないならば、現在のパソコン用メインメモリーに使われているDRAMを置き換えてもよいはずだ。そうはならないのは、まだ容量が小さい上に価格が高いからだ。
最初に紹介したバッファローメモリの産業用製品の場合、MRAMバッファ容量は8MB。これをEverspin Technologies社のMRAMチップ(MR4A16BYS35)4個で実現している。つまり、チップ当たりわずか2MBの容量しかない。これでもEverspinが現在量産出荷している製品では最も大容量のもので、現在量産可能なのはこの程度だ。
現在、パソコンで主流のDDR3 SDRAMには4Gbit製品があり、MRAMとは256倍もの差がある。DRAMの微細化が今後難しくなるのなら、DRAMではさらなる容量増が望みにくくなる。MRAMが容量と価格の壁を乗り越えることができれば、次の主流メモリーになり得るかもしれない。
だが、「MRAMが次世代メモリーの本命」とは言い切れない。MRAMは記憶に磁気を使っているが、記憶に相変化を使う「PRAM」や、抵抗変化を使う「ReRAM」など、次世代メモリー技術のライバルは多い。次世代の主役になるメモリー技術がどれになるか、その行方はまだ混沌としている。
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