場に参加することで一人ひとりが経験するものがヒップホップ
―― この本を読んで、まず膝を打つのが「ロックは天才によって更新されてきたが、ヒップホップはコミュニティの合意で先に進んできた」というところなんですが、これは初音ミクもそうなんですよね。ビートルズやジミヘンがいなくても全然OKという。
大和田 結局、音楽って集団でやった方が効率的、という部分ですよね。集合知というか。ギャラリーであれラッパーであれ、場に参加することで一人ひとりが経験するものがヒップホップなんです。その経験というのが、たぶん初音ミクと同じなんですね。
長谷川 私も初音ミクについては正直良く知らないんですけど、ソフトの機能云々ではなくて、今とりあえず「初音ミクでやる」ということが目的化していると思うんですよね。
―― ええ、コンペティションにあたってのスタートラインですね。
長谷川 その同じルールに乗って、どう差異化するか。それを皆が楽しんで取り組んでいることだとするなら「自分で歌えばいいじゃないか」とか、「もっと違うソフトがあるんだから、それで個性を出せばいいじゃないか」というのは、多分批判としては全然当てはまらないんですよね。
―― おっしゃる通りです。
大和田 作品の鑑賞から、場に参加するゲームへという変化は、日本に限らず世界的な流れになっている。それは文化全体のあり方として言える気がします。集合知というか。20年くらい前、現代思想でジャック・デリダとか盛り上がりましたよね?
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声と現象 (ちくま学芸文庫) |
長谷川 脱構築!※
―― エクリチュール!※
※ 現代思想用語。詳しくはジャック・デリダ「グラマトロジーについて」「声と現象」「エクリチュールと差異」を参照。
大和田 今はああいう人が出てこなくなったよねって、そっちの世界でもずっと言ってるんですよ。だけど、それはロックの話と同じで、60年代にフランスの天才がいたという話なんですよ。
―― あ、なるほど。
大和田 僕もヒップホップで何かが決定的に変わった気がしたんですが、何が決定的に変わったのか全然言語化できなくて。それで町蔵さんを講義に呼んで話してもらったんですけど、ロックのように作品至上主義、作家至上主義でやっている限り、ヒップホップはなかなか分からないんです。
―― 僕もそうでした。でも、ゲームとルールいう観点で見ればすごく腑に落ちる。
大和田 そういう風にとらえると、モダンジャズもそうなんじゃないか。黒人音楽ってずっとそれをやっているんじゃないか。モダンジャズも細かく見ると、マイルス※が要所要所で「ルール変えようぜ」って言っているんですね。もうコードでソロ取るの飽きたよね、ちょっとスケールでソロ取ってみよう、というように。
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Kind of Blue |
※ マイルス・デイヴィス。アメリカ・イリノイ州生まれのジャズ・トランペッター。モード・ジャズなど新たな“音楽のルール”を取り入れつづけた、モダン・ジャズを代表する存在。
長谷川 マイルスはそのタイミングを読む天才だったんですよ。音楽家として天才というよりも。
大和田 場の空気を読んでね。ジェイ・Zみたいな感じですよね。だってクリフォード・ブラウンに比べたら全然下手クソだし。
長谷川 そりゃどう考えたってクリフォード・ブラウンは上手いですからね。
大和田 でもマイルスがジャズ史そのものになっちゃってるわけです。ヒップホップはそういうルール変更が見えやすいんですね。東海岸から西海岸へ移っていく過程とかで。
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