このページの本文へ

痛車でラリー! メロンブックスランサーの挑戦! 第13回

メロンランサー2009シーズンを総括!【動画あり】

2010年01月13日 18時00分更新

文● 末岡大祐/ASCII.jp編集部

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

第3戦 ラリー北海道

 全日本ラリーの天王山ということで、筆者も前日入りして朝6時から取材にあたった北海道。主催者が携帯でタイム速報サービスを行なっていたのだが、SSを見ることができるギャラリーステージは山の中……。筆者のPHSは圏外がほとんどで、見ることができなかったのが悔しい。

 ただ、去年、ラリージャパンを取材したときの教訓を活かして、今回は最初からレンタカーを借りて、十勝や帯広を走り回って取材をした。メロン号の成績はあまり奮わなかったが、参戦当初より中村選手から「ラリー北海道は練習のつもりで」と言われていたし、浜選手も初めてのラリーとのことだったので、とにかくリタイヤしないことを祈った。メロンブックスも社長自らが応援に駆けつけ、ブースを出展するなどの気合いの入れようであった。無事にゴールしたときには、いろんな意味でホッとしたことを覚えている。

 夏の北海道はクルマで走るととても気持ちよく、オープンカーがレンタルできれば最高だっただろう。しかし、とあるギャラリーステージでは、山奥だったため毛虫が大量発生しており、虫が苦手な筆者には拷問であった。ラリー北海道といえば毛虫! と強烈に印象に残っている。メロン号の写真を撮ったら逃げるようにその場から去ったのだった。駐車場までの20分の道のりが果てしなく遠く感じた。また、移動のついでに生キャラメルで有名な「花畑牧場」に足を伸ばし、チームに夕張メロン味の生キャラメルを差し入れさせていただいた。別にホエー豚丼が食いたかった行ったワケではないことを強調しておきたい。自分用に生キャラメルをいくつも買ったのはここだけの話。


中村選手が振り返る北海道

 3戦目は、いよいよ全日本ラリー選手権「ラリー北海道」。2009年のチーム活動におけるメインイベントであり、ファンの皆さんからも非常に注目された一戦でした。そして、2008年チャンピオンを決めた「新城ラリー2008」以来、じつに半年振りに「コドライバー」としての私の復帰戦となった一戦です。

 ここで白状しますが、実はこの「ラリー北海道」に関しては完全に勝負を度外視したイベントだったんです。何しろ浜選手はダートラでの経験こそ豊富だったのですが、ラリーに関してはこれが完全に初参戦。全日本ラリー選手権という場所で勝負するには、あまりにも経験が不足していました。しかも、舞台は全日本の中でも最も完走率の低い、総走行距離1000kmにも及ぶ「ラリー北海道」。ラリー経験の無い選手が勝負をかけるには、あまりにもリスキーだったんですね。

 そこでチーム代表として出した決断は、浜孝佳という選手をラリードライバーとして育てるために、この「ラリー北海道」と次の「新城ラリー」を練習イベントとして位置付けること。まずこの「ラリー北海道」では、1000kmの長丁場でラリー独特の雰囲気をつかんでもらい、さらにラリーでは重要なペースノート走行についての基本を身に付けてもらうことでした。何しろドライバーはまったくラリーを知らないため、こちらでありとあらゆる状況を想定して、その善後策を可能なかぎり立てて本番に臨みましたけど、そのためコドライバーのワーキングがおろそかになってしまって余計な減点をもらったのは情けなかったですね(笑)

 マシンに関してもダートラ仕様に若干手を加えた程度で、「ラリー北海道」を走るにはまったくスペックが不足してました。スタートして3つ目のSSで、すでにショックアブソーバーが熱ダレを起こして仕事をしなくなり、そこからはもう道からこぼれ落ちないよう必死の走行が最後まで続きました。これは後でモータースポーツ誌のカメラマンに聞いた話ですが、どうやら我々のマシンはあまりの挙動の異常さから「途中でいなくなる」、つまりリタイヤするであろうマシンの筆頭に挙げられてたみたいですね(笑)

 とにかく完走だけを目指して、危ない所は徹底的に抑えて走行しましたが、それでもトラブルがおきてしまうのが「ラリー北海道」の怖い所。SS8でバーストして途中でタイヤを交換しましたが、走り出してすぐにパワーステアリングが死んでいることが判明しました。その日の残る3本のSSをパワステ無しで走行するのは、浜選手にとっても大変辛かったと思います。何とか帯広のサービスパークに帰還してマシンをメカニックに託しましたが、わずかなサービス時間で原因を究明して的確な処置をしてくれたことで、翌日は完調状態でステージを走ることができました。あのときのメカニックの働きは、今でも背筋が震えるくらい凄味があったと思います。

第4戦 新城ラリー

 2008年の新城ラリーでクラスチャンピオンを決めた、チームにとっても筆者にとっても思い出深いラリー。開催時期が11月から9月に変更されたことで、路面の凍結などの心配はなくなり、毎年雨に悩まされていた同ラリーだが、2009年は2日間快晴であった。

 浜選手にとって初めてとなるターマック(舗装路)ラリーであること、そしてこのラリー自体がリタイヤ率の高いサバイバルラリーであることが、とても気になった。ラリー北海道で痛めたマシンはとりあえず修復されていたが、なんといってもターマック用のセッティングがまったく出せておらず、正直最後まで残れるか心配しつつ取材をしていた。

 しかし、その心配をよそに浜選手は走り抜け、あわやというシーンもあったが、無事にゴールまでメロンランサーを運んだのだった。タイム的には上位には遠く及ばなかったが、中村選手が最初に言っていた通り、新城ラリーはターマックラリーの練習であり、生き残ることが目標だったので、チームとしての目標は達成できていただろう。また、ファンとチームスタッフ(メカニック)、めろんちゃんの2人、そして筆者と、みんなでギャラリーステージに応援しにいったのも良い思い出。プレスといえども、レースカメラマンでないとギャラリーステージ以外では写真を撮れないルールがあるのだ(危険なので)。

 また、この新城ラリーではじめてメロンランサーのミニカーが販売され、メロンブックスブースに長蛇の列ができたのが印象的であった。ラリーイベントでグッズを買うために行列ができるなんて(笑)。これには主催者もベテランのラリーストも驚いたことだろう。まさにラリー界に一石を投じたと言っても過言ではない。

中村選手が振り返る新城

 2009年、4戦目の挑戦となった全日本ラリー選手権「新城ラリー2009」。毎年多くの観客を集める「新城ラリー」ですが、個人的に国内ターマック戦の中でも最も難易度の高いイベントと考えています。ステージは低速から高速までバリエーションがあり、路面状況も一定ではなく、ペースをつかむのに非常に苦労するイベントです。特に、このイベントにおける名物ステージ「雁峰(がんぽう)」は、道幅が狭い上にツイスティで、しかもきわめて路面状況が悪くてスリッピー! 昨年もそうでしたが、今年も多くのマシンがここ「雁峰」ステージでリタイヤしてましたね。

 練習イベントの2戦目として位置付けていた「新城ラリー2009」でしたが、ここで浜選手に学んでもらいたかったのは、ペースノート走法のさらなるレベルアップと、ターマックイベントならではのマシンの動かし方、それにセッティングを知ってもらうこと。さらには、最終戦「FMSC吉野ヶ里マウンテンラリー」に向けたテストという意味合いもありました。それは勝負のポイントをどのステージに置いていたかにも表れていて、ほとんどのチームが難所の「雁峰」ステージをポイントとして見ていたのに対して、我々はデイ2に登場した「大平(おおびら)」というステージを焦点にしてたんですね。ここは比較的道幅が広く、路面も整っており、スピードレンジがそれなりに高めのステージ。実はこの状況が「FMSC吉野ヶ里マウンテンラリー」のステージと非常によく似ているため、ここでのパフォーマンスによって次戦に向けたセッティングや戦略を考えることができる、得がたい機会だったわけです。

 そしてスタートして以降、ペースノートに関する重大な問題点が明らかとなったのもこの「新城ラリー2009」でした。昨年の廣瀬選手の場合、コーナー間の距離がほぼ正確だったためにドライバー自身も走るリズムを掴みやすく、また私もノートを読み上げるタイミングを取りやすかったんですね。ところが、まだペースノートの経験が少ない浜選手の場合、コーナー間の距離があまり正確ではなく、ドライビングのリズムが掴み辛い上に私の読み上げタイミングもバラバラで、しかも今までに無いくらいロスト(ノートの情報と現在地のコース状況が合わなくなること)を頻発。結果的にタイムを大きく落とすことにつながっていたわけです。

 さらに、マシンのセッティングを外していたためにコーナーではアンダーステアの傾向が強く、トップ勢と勝負するにはさらにセッティングを煮詰めなおす必要があることも判明しました。順位こそ低迷しましたが、それらの様々な問題点が明らかになったことで、我々としては入賞することと同じくらい価値のある一戦になってくれましたね。

(次ページへ続く)

カテゴリートップへ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

最新記事

ASCII.jpメール アキバマガジン

クルマ情報byASCII

ピックアップ