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痛車でラリー! メロンブックスランサーの挑戦! 第13回

メロンランサー2009シーズンを総括!【動画あり】

2010年01月13日 18時00分更新

文● 末岡大祐/ASCII.jp編集部

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第5戦 JAFカップオールジャパンダートトライアル

 突如参戦することが決まった、オールジャパンダートラ。なので、筆者も取材に行くことができず、メロンブックスの方々も同じで、関係者は誰も行けなかったのに優勝してしまったという記憶にも記録にも残る1戦(笑)。

 そんなワケで、中村選手のレポートでしか把握していないが、浜選手の地元ということで地の利もあったかもしれない。しかし、数々の強豪を打ち破っての優勝は、浜選手のポテンシャルが垣間見えた瞬間である。決して、痛車という話題性に胡座をかいているのではなく、話題性に負けない実力を持ち合わせている、とライバルたちに見せつけたのだ。

 ラリーもあと1年もみっちりやれば上位のベテランたちに食い込める実力を見せてくれそうだ。今シーズンはお休みということだが、またラリーの舞台に戻ってきてくれることを期待したい。

中村選手が振り返るオールジャパンダートラ

 チーム2009の企画がスタートした当初、スポンサーとは全6戦で契約していたものの、その時点で出場が確定していたのは全日本ダートラ2戦に全日本ラリー3戦の、計5戦でした。残る1戦は状況を見て出場イベントを決定することになっていて、個人的には11月末にある「オールスターラリー」への出場を考えてたんですが、ここは浜選手のたっての希望により「JAFカップダートラ」への出場を決定しました。結果的には、この決定は色んな意味で大正解でしたね(笑)。

 会場は春の全日本ダートラ広島戦と同じ、テクニックステージ・タカタ。このイベント前にマシンのセッティングを大きく変更し、特にリヤのLSDをデフロック、つまり左右で直結状態になっていました。こうするとリヤのトラクションが上がるぶん、アクセルワークもシビアな操作が必要で、セッティングとしては極端に過激な方向に振ったといえます。直前にはアジパシドライバーの田口勝彦選手からドライビングの手ほどきを受けたそうで、浜選手はこのセッティングにしっかり手ごたえをつかんでいたようです。

 ヒート1は、全日本トップドライバーである北村和浩選手がマシントラブルにより不出走となり、接戦の末に浜選手がクラストップタイム。午後からのヒート2では、おそらく北村選手はマシンを修復して出走すると予想されたため、浜選手の得意とする硬質路面用タイヤをチョイスして勝負に臨みました。場内のPAで「オタクと人生横向き(豪快なドリフトを身上とする北村選手のアダ名)の一騎打ち!」と紹介されて我が事のように興奮しましたが、結果は浜選手が総合でも3番手タイムでクラス優勝! 1年ぶりに表彰台のてっぺんに立つ「めろんちゃん」人形を見ることができました(笑)

第6戦 FMSC吉野ヶ里マウンテンラリー

 ラリー自体は1DAYのイベントだったのだが、朝から取材するには前日入りをして、取材後は後泊をしないと帰れないという取材側も結構タフなイベントだった。とくに着いたその日は大雨で、最寄り駅から吉野ヶ里公園まで歩いたのだが、傘なんて意味がないくらいズブ濡れになり、テンションが落ちまくっていた。しかし、浜選手がメロンランサーで駅まで送っていってくれるという贅沢なサプライズで、一気にテンションが回復したのであった。なんて現金なんだろうか、と自分に呆れたほど。

 セレモニアルスタートをするゲートを見ると、数々の自動車関連会社に混じって、メロンブックスの名前が! また、物販ブースも当たり前のように用意されており、この1年間でメロンブックスもラリーに溶け込んできたなあ、と感慨深いものがあった。観客動員数は新城ラリーに遠く及ばないものの、九州のアツイラリーファン、痛車ファンが集まり、ブースは大盛況でミニカーを始めとするグッズも飛ぶように売れていた。また、この日のためにわざわざメロンブックスが用意した応援旗やグッズも好評で、初めてメロンランサーを知ったという人たちも、応援旗片手にメロンランサーのスタートを見守っていた。

 肝心のラリーのほうはご存じの通り、SS3でコースアウトし、リタイヤという残念な結果になった。しかし、SS1と2では上位陣に食い込む走りを見せつけ、ライバルたちを大あわてさせるという活躍をした。レースの世界に「たられば」はないが、もし、リタイヤせずに走れていたらと考えると……非常に悔しいものがある。

 中村選手が1シーズンを通じて計画していた、浜選手育成プロジェクトは成功したと言っていいだろう。ペースノート走行をしたことがないラリー初心者が、最終的にベテランたちにも負けない走りをできるようになったのだから。中村選手の指導力、そして浜選手の適応力の高さがあればこそのプロジェクトだった。「オタクでさらに速い」ってカッコイイ!

 浜選手の今後にも期待したい。

中村選手が振り返る吉野ヶ里

 泣いても笑っても、これが最後の挑戦。この吉野ヶ里戦には、今年参戦した全日本ラリーで得た経験をすべてぶつけるつもりで望みました。目指すのは、JN-4クラス6位以内への入賞。「ラリー北海道」からこれまで、すべての努力はそれを実現するためだけにあったといっても過言ではありません。あれほど燃えていたのは、全日本チャンプ獲得がかかっていた去年の最終戦以来かもしれませんね。

 ここ吉野ヶ里は天候が急変することで知られたイベントで、今回も3日ほど前から降り続いていた雨の影響で、部分的に濃い霧が発生している状況でした。あまり日光が差し込むことはなく、路面はドライとセミウェットの間を行ったりきたり。気温もそれほど高くなく、タイヤが熱を持ちにくいためにグリップには不安が残る局面です。念のためにコンパウンドが最も柔らかい低温用タイヤを装着してスタートしましたが、それが吉と出るか凶と出るか、実際にステージを走ってみるまでは判らない、そういった状況でした。

 セッティングを大きく変更して以来、これが初めてのターマック走行となったイベントなので、浜選手としても走り出してみるまでは不安が残っていたようですね。でも走り出してすぐに判りましたが、今回は浜選手が狙ったとおりの動きをマシンがしてくれているようでした。コ・ドライバーとして横に乗っていれば、いまどれだけドライバーが安心して操作しているか手に取るように判ります。今回はマシンを完全に手中において、自信を持って操っていることが判りました。SS1は半ば様子見のようなアタックで、それはゴール後の浜選手の「たぶん、すっげえ遅いけど」という感想にも表れてますけど、これが総合5番時計だったと後で知ったときには凄く驚きましたね。

 クラッシュの瞬間は、今でもはっきり覚えています。その伏線は、実はいくつか手前のコーナーから始まりました。SS3車載映像で4分23秒付近に出てくる、短いストレートから進入する左コーナーで、画面では判りにくいんですがシフトが入らずに一瞬だけ待っているんですね。後で浜選手から聞いた話では、この瞬間にペースノートとシンクロしていた意識がマシン操作に集中してしまい、以降ペースノートの情報がうまく頭に入らない状況になったそうです。

 クラッシュしたコーナーは、ペースノートでは「右3クローズ」、つまり奥で軽く巻き込むコーナーなので、走行ラインとしては比較的奥にクリッピングを取り、スピードもそれにあわせて遅く進入する必要があります。ところが、この時はいつもより進入スピードが速く、それにコーナーのイン側につけるタイミングが早すぎる。これはコーナー後半で苦労するな、と思っていたら、案の定マシンは外側に向かって引き寄せられはじめました。正面には土手が見えたので、最悪あそこで左サイドが当たって跳ね返るだろうと身構えてましたが、いきなりマシンが空中に跳ね上がったかと思うと林の中に飛び込んでしまいました。後でマシンが通った軌跡を辿ってみると、土手が始まるところにタイヤが乗り、ジャンプ台から離陸するような感じでコースアウトしたみたいですね。

 今でも、あのラリーで完走していたら何位に入っていただろうか、そう考えることがたまにあります。しかし私の中では、SS1、2と全日本トップランカーたちの間に分け入るタイムを叩きだしたことで、これ以上ないくらいの満足感を得たイベントとなりました。何しろドライバーはラリーを始めて1年目です。「ラリー北海道」以来、このイベントで好走することだけを考え、ありとあらゆる手段を講じてきましたから。わずか2本のSSのみに終わってしまったイベントですが、自分のやってきたことが無駄ではなかったと実感としてつかめた事は、表彰台を獲得することと同じくらいの嬉しさがありましたね。

(次ページへ続く)

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