最近、さまざまな分野で数学をもっと取り入れようという動きが広がっている。数学だからといって単なる公式などを思い浮かべてはいけない。もっと柔軟な発想を得るために“数学的思考方法に学ぼう”という動きである。IT業界周辺でもこのような動きが出始めているようだが、そもそもコンピュータは“数学そのもの”である。では、最新のサービスや技術が生み出される開発現場では、どのように数学が取り入れられているのだろうか。数学者であり、情報共有基盤システム「NetCommons」の開発責任者でもある新井紀子さんに聞いた。
「www.」の次を考えられる発想力
新たなサービスやアプリケーションは、日々エンジニアの手によって数多く生み出されている。しかし、その大半は“どこかで見たことがある”もので、機能の違いは多少あれど、どれも似たり寄ったりではないだろうか。この原因の1つには、発想力や思考力の不足があるようだ。
「現存するアプリケーションやサービスなどに興味を持ってエンジニアになった人も多いことでしょう。入り口としては、それでいいと思います。でも、今までにない新たなサービスを作り出すときには、実はそのバックグウンドが弱味になるでしょう。なぜなら、オンラインショップやブログなどを見て、『こんなこともできそうだ』と発想していては、その延長線上にあるサービスしか生み出せないからです。そして、そのようなサービスは、同時期に同じようなこと考えている人がたくさんいるので、結局、新しいものにはなりません。既存のものから発想をスタートさせるのではなく、例えば『www.の後に何がくるのか』を考えられるぐらいに根本的な発想力が重要となります」
日本では、海外(特にアメリカ)のアプリケーションやサービスの技術を追いかける傾向が強い。海外で流行ったものが、少し遅れて日本で流行り出す。このような市場では、日本語版を初期に作った数社だけが最初に利益を得て、後には、熾烈なシェアの取り合いと価格競争が待っている。この現状について、新井さんは次のように語る。
「ユーザーが新たなサービスを求める際、そもそも既存のサービスに縛られていることが多いと思います。『○○のようなサービスを作りたい』と依頼を受けたことのあるエンジニアも多いことでしょう。このような依頼をそのまま受けてしまうと、開発側は、すでにあるサービスに勝たなければならない上に、価格も低く設定せざるを得ません。また、開発側も付加価値で勝負をしようと考えるので、機能追加のコストがかさんだり、メンテナンスのコストが余計にかかったりして、案件が通っても利幅が狭くなってしまうのです」
そうならないために根本から既存のサービスを覆せるほどの発想力が重要、というわけだ。そこで数学的思考が役に立つというのだが、そもそも数学自体が難しそうである。では、具体的に数学を生かして新発想を得るにはどのようにすればいいのだろうか。新井さんは、文章(仕様や理論)から新サービスなどのイメージを持つようにすれば、数学的思考の訓練になるだろう、と語る。
「まず“文章(仕様や理論)の段階”で『こんなことが実現できる』と、頭の中でさまざまにイメージを持てることが大事です。それは数学でいうところの『論理的読解力』です。理論で書かれたものに、どんな可能性が込められているのかを考えられれば、新しいサービスで市場をリードすることは難しくないでしょう。イギリス人のティム・バーナーズ=リーが『www.』を発表したのは1990年です。彼が描いた『www.』の仕様を読んだだけで、それをいち早く理解した人たちは、世界のウェブにおけるビジネスでその後大成功していったわけです」
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