10月3~4日に開催された「第37回 メディア対抗ロードスター耐久レース」に、アスキーがチームとして参戦しました。チーム監督としてレースに臨んだ筆者(鈴木ケンイチ)が、レースにおける監督の仕事を紹介します。
37回目の大会にアスキーが初参戦
1989年、マツダの初代「ロードスター」の誕生とともにスタートしたのが「メディア対抗ロードスター耐久レース」(以下、メデ耐)です。文字通り、さまざまなメディア(媒体)がチームを組んでロードスターで戦う耐久レースで、なんと2024年には「最も長く続いている自動車のワンメイクレースシリーズ」としてギネス世界記録にも認定されています。
そんな由緒あるレースの第37回大会に、アスキーが参戦することになりました。チーム名は「ASCII & KEEP ON RACING」。ドライバーは、アスキーのスピーディー末岡こと末岡大祐さん、元レーシングドライバーで現モータージャーナリストの太田哲也さん、モータージャーナリストの西川昇吾さん、そしてロードスターのワンメイクレースで活躍する助っ人の上田純司さんの4名。そして筆者(鈴木ケンイチ)がチーム監督を務めることになったのです。
なぜフリーランスの鈴木が監督なの?
ここで「なんでフリーランスの鈴木(筆者)が監督をするの?」と思った方もいるでしょう。アスキーという媒体で参加するなら、アスキーの人間が監督をするのが自然です。実際に、筆者もそう考えていました。ところが、それにはちゃんとした理由があったのです。
それは「ドライバーライセンスとは別に、JAF公認のエントラント(競技参加者)ライセンスを持つ人が監督にならなければいけない」というルールがあったからです。メデ耐は公式戦ではありませんが、FIA(国際自動車連盟)が定める規則に則って開催される、JAF公式戦に準じた内容で実施されています。
ここでレースの基本のキを解説しましょう。いわゆる公式戦と呼ばれるレースは、フランスにあるFIAを頂点とする国際的な枠組みの中で開催されています。日本国内では、FIAに加盟するJAF(日本自動車連盟)が細かいルールを定め、ライセンスを発行しています。そのライセンスには、実際にハンドルを握ってレースを行なう「競技運転者(ドライバー、国内Aライセンスなど)」、チームを率いる「競技参加者(エントラント)」、そしてレースをジャッジする「公認審判員(オフィシャル)」の3種類があります。
小さなレースでは「競技運転者(ドライバー)」がチーム代表を兼任することもありますが、メデ耐は格式の高いレースと同様に、別途「競技参加者(エントラント)」が必要とされているのです。
ちなみに筆者は、すでに「競技運転者(ドライバー)」を持っているので、JAFモータースポーツのサイトに自身のアカウントがあります。そのため申請は、サイトにアクセスしてネットで申し込むだけ(手数料6400円)。1ヵ月ほど待ったところで、郵送でライセンスカードが自宅に届きました。講習などは何もありませんでした。何もライセンスを持っていない人は、JAFの事務所に出向く必要があるようです。
メデ耐とは、どんなレースなのか?
では続いて、メデ耐の内容をもう少し詳しく紹介しましょう。
レースマシンは、マツダが用意したロードスター(ND)を使います。6点式ロールバーとブリッド製のフルバケットシート、キャロッセ製のフルハーネス、エンドレス製「MFE1」ブレーキパッド、ブリヂストンの「ポテンザ Adrenalin RE005」(195/50R16)が全車に装着されます。言ってみれば、全チームにまったく同じ仕様のクルマをマツダが用意してくれるのです。
そうしてでき上がったロードスターで、富士スピードウェイの本コースを3時間走るレースを行ないます。ドライバーは4名もしくは5名で、ドライバーチェンジ4回が義務付けられます。ポイントは、主催者が用意した低炭素燃料(バイオエタノールなどを20%含むガソリン)を満タンにした状態でスタートし、途中の給油はNGということ。
いくら燃料が満タンでも、アクセル全開で3時間走り続けることはできません。つまり、3時間のエコランでの勝負となるのです。そのため速さだけでなく、いかに効率よく走るのか? どれくらいのペース配分で走るのか? が勝負の行方を左右します。ドライバーの腕前もさることながら、戦略が非常に重要になります。
ラッピングはチームが自前で施工
さて、マシンはマツダが用意してくれると説明しましたが、レース決勝までに、意外とチームでやらなければならないことがたくさんあります。アスキーチーム最初の大仕事は、マシンのカラーリングでした。レースカーのカラーリングはカッティングシートによるラッピングで、その施工はチーム側が行ないます。初参戦のアスキーチームも、当然、ラッピング作業をしなければなりません。
カラーリングは編集部のアイデアで、1991年にル・マン24時間レースで総合優勝したマツダ787Bをイメージしたものとしました。ゼッケンも優勝車と同じ55番を申請。これが自動車メディアだったら、おそれ多くてなかなか言い出せない案ですが、PC/IT系メディアだからこそできた大胆なチョイスと言えるでしょう。
レースの約1ヵ月前となる8月下旬の週末に1日かけて、末岡さんと筆者、西川ドライバー、そしてデザインを担当してくれたINARIWORKSのメンバーで、何とか完成させることができました。あのカラーリングは、チームのみんなで自ら貼ったものだったのです。ほとんどのチームは業者に頼んでいると思いますが……。
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