それは、秋葉原街歩きツアーのあとからきた謎だった
私は秋葉原については、詳しい方だと思っていた。
1980年代の半ばからパソコン雑誌の編集者となって、秋葉原は取材対象でもありアンテナを張る場所でもあった。いまも仕事場が徒歩圏にあって、あいかわらず買い物やご飯によく出かけている。
電気街としての秋葉原の始まりは戦後の米軍横流しの真空管を売る闇市だったが、それがガード下に移った経緯を取材・インタビューしたこともある(『月刊アスキー』1993年11月号)。GHQとの交渉が成立していなかったらいまの秋葉原はなかったのだ。
昨年は、秋葉原の地名の語源である平安末期の修験者である秋葉三尺坊についての同人誌『秋葉三尺坊の大冒険』を作ってコミケで販売した。今週はその補遺を作ってBoothで無料配布をはじめた。
それでも知らないことはたくさんあると思ったのは、しばらく前に、秋葉原のどちらかといえば末広町寄りなのだが、大正の終わりから戦前までは自転車問屋街だったことを知った。なんと、全国の7割を出荷していた時代があると千代田区史にある。
ところが、1週間ほど前、こうしたこととはかなり傾向の異なる秋葉原のトリビア的な事柄にであったのである。
10月3日、ZEN大学の学生10人ほどを連れて、秋葉原街歩きフィールドラーニングというものやらせてもらった。
ポップカルチャーの聖地としての秋葉原が成立した歴史の痕跡をめぐるという趣向。ここでいうポップカルチャーとは、アニメ、マンガ、ゲーム、ファンカルチャー的なことだけではない。1980~2000年代初頭にかけて世界市場を席捲した日本のAV電子機器、日本が先行したガジェットやモバイルインターネットまでを含む。
途中に休憩と、レクチャータイムを含めて約3時間ほどのツアーだった。
とても楽しいツアーだったわけだが、1週間ほど後、ZEN大学の講師・職員交流会で、この秋葉原街歩きフィールドラーニングについて紹介する機会があった。そして、その講師・職員交流会の最後に行われた懇親会でのことだった。1人の男性が私のところに近づいてきてこう話かけてきたのだった。
「秋葉原にお詳しいようですが、これはご存知ですか?」
というのである。
秋葉原UDXの定礎の裏に、シチリアがいた
話しかけてきたのは、ZEN大学でUI/UX、フロントエンドを教えている折原レオナルド賢という人で、スマートフォンの画面をスワイプしながら説明する。折原氏がいうには、「秋葉原UDXの定礎の裏に、ほとんど隠れるように、シチリア島の紋章が石に刻んであるんです」とのこと。眼鏡をはずして、その画面に顔を近づけてのぞき込む私。シチリア島の紋章というのが、真ん中に顔があって羽根があり、足が三本外側にある不思議なマークである。
まるで初耳だった。
そのマークはどこかで見たことがあったような気もするが、初めて見たのかも知れない。少なくともそれをシチリア島の紋章とは認識してはいなかった。
秋葉原UDXといえば、いまの秋葉原の街を構成するいちばん大きなビルである。JR秋葉原駅の電気街口を出ると真正面に見える。エスカレーターで空中回廊のようなところにあがり、そのままUDXの2階からAKIBA ICHIというイベントやレストランのフロアに行けるようになっている。
2006年、東京都の肝いりで、NTT都市開発・鹿島建設・ダイビルの3社が、ITと新しい文化の拠点である《秋葉原クロスフィールド》として2つのビルを作った(駅よりのダイビル、UDX、そして、高層マンションのタイムズタワーもある)。その中核をなす建物がUDXである。
講師・職員交流会から家にかえって、私は、ASCII.JPの秋葉原担当者である北村明弘さんにメールで聞いてみた。しかし、20年にわたりほぼ毎日秋葉原を取材している彼をしても「知らない」というのだった(どちらかというと秋葉原のマーケットやカルチャー的なところが専門ですからね)。
ネットを検索しても、これに関する情報はたしかにほとんど出てこない。
そんな状況を、大学のSlack経由で折原さんに連絡してみた。
するとすぐに返事が来て、知り合いの花文という1892年創業の花屋さんが、この件についてXでポストしている内容を教えてくれた。「冒険心旺盛な子供達が見つけたらしい」とあって、なるほど大人がやっと入れるくらいの何もない空間なので、子供が見つけるというのは納得だと思った。
さらに折原さん。「掘られているシチリアのマーク、トリナクリアは魔除けや災いを避けるお守りですので、入り口にある理由は一部納得できます。問題はなぜトリナクリアなのかですね。特徴的な3本足は一致していますし、独自にアレンジしている紋章も使われているようです。UDXを立てる以前にシチリア、イタリアに関係する建物があった形跡もありませんし...」とのこと。
足が三本生えていて、サッカーのチームのマークとしてもよいのではないかなどとと妄想したが、秋葉原UDXができるまで、このあたりにあったのはバスケットボールやスケートボードが遊べる場所だった。UDXの入り口あたりは駐車場だった可能性が高い。いろいろ考えた結果、私は、ヒントは《大理石》ではないかというところにたどりついた。
そこで、大学Slackのメッセージで、折原レオナルド賢さんにこう返した。
「あの定礎の石の産地なんじゃないですかね? 当時、鹿島建設がシチリアで大型の仕事をしていて、美人市長から石を寄贈された。竣工式にもその美人市長がやってきて石原都知事とならんでテープカットにも参加した・・・」
気軽に市長がやってくると思ったのは、最近の私の頭の中のシチリアの市長というと、映画『キムズ・ビデオ』に出てきた市長のイメージがあったからだ。ニューヨークの違法コピーで有名なレンタルビデオショップにあった大量のVHSビデオを引き取ったのが、フットワークの良過ぎるシチリアの市長だったのだ。
トリナクリアを見にいってみた
私も実際のそのトリナクリアを見たいと思ったで、この間に自転車ででかけてみた。
神田明神通り沿い。JR秋葉原駅の電気街口を背にしてUDXの前に立つと、左側に郵便局、交番があって、その右側にUDXのオフィス側のエントランスの自動ドアがある。そして、たしかにドアの右側の定礎の裏側がちょっとした空間になっている。私は、仕事で何度もこのエントランスは利用したことがあったが、まったく気に留めたこともなかった。
定礎自体は、よくある竣工の年を刻んだ石。2006年。その裏側がたしかに大人がやっと入れるくらいの隙間になっていて、定礎のちょうど裏側を見ると、足元といってもよいくらい低い位置に(定礎もそうなのだが)あるではないか! まるで、この雑多な東京の秋葉原とは場違いな感じのするトリナクリアの彫刻である。
きれいな大理石に刻まれた、立派な立体造形。
秋葉原UDXが竣工してから20年が経つのに、このすばらしいトリナクリアについて、きちんと紹介されたことがないとはなんたることだろう。これは、もう万世橋の下の謎の空間以上のものがあるのではないか! 私は、このトリナクリアの秘密についていよいよ知りたいという思いが募ってきたのだった。
山本さんのメールは、届かなかった
ASCII.JPの秋葉原担当に聞いてもわからないのだから、周りに聞いても知っている人はいない。
それでも調べていくと、高層マンションのタイムズタワーの設計をされた方の連絡先が分かった。メールすると、丁寧な返事が来た。しかし、タイムズタワーは担当したが、UDXは担当していないのでわからないとのこと。
そのメールの返信をもらったことで、重要なことを思い出した。2005年、UDXが完成する前に、この建物を取材したことがあったのだ。なんたるウッカリというべきか。ASCII.jpの「こちら秋葉原一丁目ホームページ」という記事で、建設中のビルにも入れてもらって取材した。竣工の約1年前に取材したもので、前編が4月12日、後編が5月1日の2回にわたって掲載。聞き手の私の肩書きは「アキバの未来を見つめる会代表」となっていた。
このときに丁寧に取材対応していただいたのが、当時クロスフィールドマネジメントのゼネラルマネージャーだった山本俊行さんだった。そこで、すぐさま当時のメールを掘り返してそのアドレスに送ってみた。
しかし、メールは届かなかった。
山本さんは、その後、鹿島建設の開発事業本部で事業部長などを歴任し、その後、関連会社の社長を務められたようである。さらに調べていくと、秋葉原タウンマネジメントの代表取締役であることも分かった。秋葉原タウンマネジメントということは、いまも秋葉原に関わられているということではないか!
いまの秋葉原ということなら、私もメンバーとなっている東京都文化資源会議の秋葉原のプロジェクトチームに聞くに限る。ということで、メンバーに投げてみると、Akiba.TVの吉岡有一郎さんが、「タウンマネジメントなら専務の方をよく知っていますよ」とのことで、連絡先を聞いてくれる、とのこと。これで、山本さんにリーチをかけた感じである。持つべきものは仲間である。
ところが、その返事を待っている間にもう1つのウッカリというか、山本さんと直接つながっている知り合いがいることを思い出した。山本さんは、仕事をしているうちにこの場所が好きになり、例の高層マンションに住んでいるとおっしゃっていたのだった。で、そのマンションには、元マイクロソフトで図書館関係のイベントでお世話になったことがある前田稔さんも住まわれていたのだった。
秋葉原UDXのあったところは、ながく青物市場として都所有地だったので町会がなかった。タイムズタワーができたときに町会を作ろうということになって、その町会設立を統括したのが山本さんで、副町会長が前田さんだったのだとたしかお聞きした。前田さんが山本さんの消息を知らないはずはない! というわけで、前田さんに連絡してみたところ、前田さんが山本さんに電話してくださり、あっさりと番号を教えていただいたのだった。
そのあと、こちらから山本さんにお電話すると留守電。向こうからかかってくると、私が出られなかったり。若干、入れ違いが続いたのだが、ついに10月16日の金曜日のお昼前。私の携帯がブルブルとなって、山本さんの聞き覚えのある声が聴こえてきた。「やあやあやあ」。たった一度だけ取材・インタビューさせていただいただけの関係なのだが、なんとも親しみに溢れているのは山本さんの人柄によるものである。
イタリアの大理石と北海道のカニ
さすがに、当時の責任者のお話はあまりにもクリアで明解で、そして、いまどきちょっと楽しいお話だった。
お電話でお聞きした内容を記事にしてよいというお許しをいただいたので、以下、そのやりとりの概要を再現してみたいと思う。
―― 定礎の裏にあるということは、あの彫刻、あれは隠してあるんですか?
「隠してあるわけじゃないんですよ。ただ、あんまり目立たないようにはしてます。場所としては誰でも見られるところなんですけどね。壁が一枚あって、表が定礎、裏にちょっとした遊び心で入れたんです」
―― あれはシチリア島のマークなんですね?
「そうです、シチリア島の《トリナクリア》ってやつですね。島は三角形になっていて、昔は三つの国に分かれていたみたいです。時代によって違うけど、統合されて、三本足のマークが島の象徴になったんです。お土産屋にもこのマーク入りの品がたくさんあります」
―― 実際にシチリアに行かれたんですか?
「ええ、オーナー側として《どの石を使うか実際に見なきゃ》って話になったんですね。イタリアの大理石がよかろう、特にシチリアのやや黄色っぽい石がいいんじゃないかってなって、《じゃあ見に行きましょう》ってことになって、その結果、あの大理石を使うことになったんですね」
―― 建物の全部にその石が使われてるんですか?
「いえ、全体じゃありません。1階の周囲とか、1階・2階・5階あたりだったかな……。僕も記憶をたどりながらですが。とにかく少し黄色い石ですね」
―― イタリアの石はお高いんでしょう?
「設計した方がこだわってて。当時はまだ工事費もそこまで高くなかったというのもありますね。3社で取り組んでいたプロジェクトですが、現地に見に行ったのはNTTと鹿島の担当者が中心。それで、シチリアが3つの国からまとまったのなら、我々も3社でまとまってこの建物を作るから《トリナクリアをつけてみよう》って話が出て、やりましょうとなった」
―― フリーメイソンみたいな秘密のマークとして入れたわけげしゃないんですね?
「全く違います(笑)。単なる遊び心で、目立たない場所に入れただけ」
―― 石の正式な名前は?
「ライムストーンかもしれません。大理石の近種で、ピンからキリまでいろいろあります。雨に弱いので外にはあまり使いません。低層で雨風が当たりにくい所に使う感じです。彫刻しやすくて柔らかいのですよ」
―― 大理石といえば、ミロのヴィーナスとかもそうですかね。
「そうですね。それで、現地の大理石屋さんに彫ってもらったんです。ちなみに、現地調達の石ってちゃんと届かないことがあるんですよ。途中ですり替わって全然違う石が届いちゃうこともあるんです(笑)。だから現地で切り出す時に石にサインしたり、写真を撮ったりして《これは自分たちが見た石だ》って証拠を残しておくんです。石にも《目》(模様)があって、それを見て間違いないか確認します」
―― あんな大きなものがすり替わる。
「カニみたいですね。札幌でカニ買って送ってもらう時に、甲羅に名前書いておくみたいな(笑)。それのもっと国際版ですよ」
―― ちなみに、このトリナクリアの由来を知っている方というのは、どのくらいいらっしゃるのでしょうか?
「シチリアに行ったのが8人くらいだったか。この事情をちゃんと知っている人は5、6人くらい。全体でも10人はいないと思います。既に亡くなった方もおられますし」
なんと、あのトリナクリアの事情を知っている人は、世の中に10人もいないとのことなのだった。
山本さんは、「わざわざ見に行くほどのものじゃないですよ」と言っていたが、実際に見に行った私は、ホッとさせられる気分になった。シチリアの石工さんが注文を受けてコンコンと彫ってくれて、海を渡って日本に来る間にすり替えられることもなく届けられたトリナクリアである。
UDXの歩道は十分に余裕がありすぐ横が交番だから問題が起こることは考えにくいとは思うが、見てみたいという人は、ビルの迷惑にならないようご配慮いただきたい。くれぐれも控え目に。要するに、コソコソといってチョロっと見るくらいにしていただけるのがよいと思う。
とはいえ、ITや新しい文化が交流するみんなが親しんでほしいクロスフィールドにふさわしいものだと思う。それを作った関係者が、自分たちの仕事の材料である大理石を求めるためにシチリアまで出かけた。たぶん美味しいワインや魚料理も食べたでしょう。ただ、それだけでなくチシリアの歴史や文化にふれて、3社で仕事していることにひっかけて、「遊びで」とおっしゃったがトリナクリアを彫ってみた。少なくとも魔除けのために定礎の裏に掘られていたのではなかった。
それが、UDXの定礎の裏のトリナクリアの真相なのだった。
🔳360度全天球写真でみる秋葉原UDXのトリナクリア https://photos.google.com/photo/AF1QipN4S_2YFnuoWSXv8zxtgMkwFy1JUOeSKJZLMCXa
遠藤 諭(えんどうさとし)
角川アスキー総合研究所リサーチパートナー、MITテクノロジーレビュー日本版アドバイザー、ZEN大学客員教授、ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍も手がけた。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
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