正しいお詫びメールの書かせ方は「相手の要求を骨抜きにせよ」
このコラムの読者の方は、大塚あみさんのインタビューを読まれたことがあると思う。私が、話を聞いて感じていたのは、この人は物事の本質を見抜いて、それを実行できる人なのだということだ。こちらがいろいろと理屈を考えている間に、本人はもう試している。しかも、インタビューしてみるとそのことをズバリと言語化できる。
エンジニア向けのキャリアサイトで、「生成AIを使うと考えなくなる」「頭が悪くなる」という声に対して、「AIの登場で自分の馬鹿が露呈しただけ」と発言していたのをご覧になった方がいると思う。
また、TBSテレビとブルームバーグが運営するメディアで、「ChatGPTがうまく使えないと言っている人は皆さん嘘つきです」とも発言していた。要するに、うまく使えないのは、自分が心の底で求めているものを伝えていない。
私もあるところで、「みんなChatGPTはお詫びメールを書いてねくらいしか使ってないもんね」と言ったら、その場にいた大塚さんが「そうではないですよ」と言った。どういう意味か聞いたら、「お詫びメールを書いてください。ただし、相手の要求を骨抜きにする内容にしてください」が正しいというのだ。
私のイメージでは、彼女は、本人も言っているように膨大な時間、AIと付き合い尽くした「AI使い」(英語では《AI Whisperer》という言葉がやや定着しつつある=調教師の意味だ)なのだと思う。しかし、それ以上に、その本質を言い当てているところが面白くて、私には「21世紀のスーパーミルクちゃん」のイメージもある(スーパーミルクちゃんについては調べていただけるとわかる)。
その本質を言語化して伝えられる部分がそのまま本になったのが、彼女の2冊目の本である『全部、AIに丸投げした。―気づいたら、24歳で海外ホテル暮らしの経営者になっていた―』なのだと言える。
同世代は攻略本、上の世代は「これくらい勉強しろ」
前著『#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリを作ったら人生が変わった』は、若い女性ががんばってプログラミングを習得した努力の物語として評価されたきらいがある。もちろん、100日間、毎日アプリを作り続けたのだから、そう読まれるのもわかる。しかし、そうではないのだ。その読み方だけでは、彼女が何を発見したのかが抜け落ちてしまうからだ。
実際、本が出たあとでのインタビューでは、前著を同世代の人たちは攻略本のように受け取った一方、上の世代からは、いまの若者もこれくらい勉強すべきだという反応があったと言っていた。
今回の『全部、AIに丸投げした。』(新潮社)は、そのずれを著者自身が正面から押し返すような本だ。
「ダサい努力は無能の証明」という見出しがある。ずいぶんな言い方だが、この遠慮のなさも含めて、私には前著以上に彼女らしい本に思える。努力が無能の証明とは、七代目立川談志の「努力とはバカに与えられた夢」という名言を彷彿とさせるではないか。
いまAIとどう向き合うか考えている人にとって、役に立つのはこちらの本ではないかと思った。
まず作りたいものを作って、つまずいたら聞く
たとえば、第1章の「基礎から学ばない」である。これだけを見ると、知識など身につけなくてもAIが全部やってくれる、という話に思えるかもしれない。しかし、書かれていることはもっと具体的だ。まず作りたいものを作る。つまずいたところで、なぜうまくいかないのかを聞く。必要になった知識を、その場で身につける。実践と修正を繰り返し、振り返ると基礎が身についている。学ぶ順序を入れ替えるという話なのだ。
ここでAIがもたらすものとして、知らないことを何度聞いてもばかにされない、という指摘がある。これは大きい。「前にも教えたよね」と言われることも、いまさらこんな質問はできないと思うこともなくなる。学ぶ人の気持ちにかかわるこの変化、彼女も指摘しているように本当に大きい。AIの知識量や回答の速さだけを眺めていては出てこない話だ。
しかも、試したことはログ(メモ)として残せという。何をしようとし、どこでつまずき、AIに何を聞き、どう解決したか。これを記録する。最初にインタビューしたときも、彼女はプログラムが動いたら終わりにせず、AIに改善点を出させ、さらに手を入れていた。今回の本を読むと、あの100日間を努力の量だけで語ってはいけないことが、あらためてわかる。彼女は、AIがいると学び方をどう変えられるかを実地で試していたのだ。
すでに仕事ができる人に向けた指摘も鋭い。「自分でやった方が早い」を捨てろ、という。自分の経験や技術に自信がある人ほど、AIの出力を見て、これなら自分がやったほうがましだと考えやすい。しかし、全部を自分で抱えていたら、試せることの数には限りがある。AIに任せることで、比較し、修正し、もう一度試す回数を増やせる。
ここで彼女が求めるのは、自分の仕事の中で、どこが意思決定で、どこが任せられる作業なのかを見分けることだ。タクシーに乗るとき、行き先は伝えるが、アクセルの踏み方まで指図しないというたとえもわかりやすい。AIを使うということは、自分が何を決めるべきなのかを、かえってはっきりさせるのである。
AI時代を生きている勇気を与えてくれる本だ
エピローグで著者は、相手が人間でもAIでも、こちらの前提条件や制約条件を正しく共有しなければ、欲しい成果物は上がってこないと書いている。この本のいちばん重要な言葉は、案外地味な「情報共有」といってよいかもしれない。『全部、AIに丸投げした。』というタイトルの本が、最後にここへ戻ってくるのがいい。
AIに何かを頼んで、思ったものが出てこなかった経験は多くの人にあるだろう。そのとき、自分が何を望み、何に困り、何を受け入れられないのかを、どこまで相手に伝えていただろうか。彼女はそこをきれいごとで隠さない。面倒なことはしたくない。お金は欲しい。褒められたい。そうした本音も、AIが解くべき問題の条件になる。
最初にあげたエンジニアtypeの「馬鹿が露呈しただけ」ということも、「嘘つき」発言も、この情報共有のことなのだ(馬鹿=伝える力・判断する力・理解する力がない、嘘つき=正直に伝えていない)。
前回のインタビューで聞いた、Geminiの提案でタイへの移住を決めたという話もそうだった。一見すると突飛だが、本人の望む暮らし方や仕事の事情を伝え、選択肢を検討した結果なのである。本書でも、AIが情報収集や比較、リスクの洗い出しを進めてくれる一方で、最後に決断し、実行し、結果を引き受けるのは人間だという線は明確に引かれている。
それが、中途半端なヒューマン・イン・ザ・ループ論、つまり、人間の役割がなくなると心配だとか納得できないとかではなく、ある意味残酷なほど明確に示されている。
「AIは言い訳を無効化する」という言葉には、思わず笑ってしまった。自分にはできない、我慢するしかないと思っていたことが、実行可能な手順や選択肢として示されてしまう。すると、やらない理由を能力や環境のせいだけにはできなくなる。AIに任せて楽をするつもりが、自分はどうしたいのかを、むしろはっきり問われる。ここにも、使い込んだ人にしか書けない実感がある。
もちろん、大塚さんと同じ生活を目指す必要はない。読者が持ち帰れるのは、彼女の成功の形よりも、当たり前だと思っていた手順や我慢を、いったん疑ってみるやり方だろう。十分に勉強してから始める。自分の手で全部仕上げる。苦労した分だけ価値がある。そうした考えが、いま自分のやりたいことを遠ざけていないか。
一方で、AIが出てきたことで子供や若い人が勉強する必要がなくなるのかといった議論に対しては、AIに伝える・結果を理解するために、言語能力をはじめとした基礎力は必要だとハッキリ書いている。しかも、「基礎を学ぶプロセス」の中にすらAIという最強のパシリを組み込める。
子供がAIで勉強しなくなると心配する暇があったら、AIをいちばんぜいたくな家庭教師として、あるいは一緒にゲームを攻略してこき使うことを考えるべきだと書いている。『全部、AIに丸投げした。』といっても、頭をカラっぽにしたというのではもちろんなく、まったく逆といったほうがよい。
AIによって学ぶ必要がなくなるとか、学ばなくなるというような次元の話をいくら聞いていても無駄で、AIを使うことこそがいまや学びそのものであるとすべきなのだ。
まだまだ、たくさんのAI時代を生き抜くやり方のお話がこの本には詰まっている。読んでいるだけだと実践できない人は、本文で太字になっている部分を拡大コピーして壁に貼っておくとよいかもしれない。『全部、AIに丸投げした。』は、前著の#100日チャレンジとはまた違った形で、AI時代を生きていく我々に勇気を与えてくれる本である。
新たな100日チャレンジをはじめる
大塚あみさんには、もうひとつ、ソフトウェアのエンジニアとしての顔がある。本の刊行とほぼ同時にソフトウェアをリリースしたそうだ。仕事や遊びで移動が好きな人には便利そうな《farstamp》というアプリである。対応環境は、iOSとAndroidだ。
🔳「FARSTAMP」 https://www.amiotsuka.com/farstamp
そして、この原稿を書いている最中に《#100日チャレンジZero》というプロジェクトをはじめたと伝えてきた。公開したばかりのfarstampに、100日間で100個の機能を追加していくのだそうだ。例によって、世の中のセオリーなんか気にしない彼女らしいアナウンスがされている。しかし、考えてみればソフトウェア開発やアプリのありかたさえも、いままでの常識と違うところに来ているのがいまなのだ。
参照リンク:
- 「女子大生が100日連続で生成AIで100本のプログラムを書いたらどうなったか?」(2024年2月26日) https://ascii.jp/elem/000/004/185/4185964/
- 「話題の『#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリを作ったら人生が変わった』著者・大塚あみさんインタビュー」(2025年01月14日)https://ascii.jp/elem/000/004/245/4245023/
- 「Geminiにタイ移住を命じられた――100日チャレンジからAI駆動生活へ、大塚あみさんインタビュー」(2026年2月3日) https://ascii.jp/elem/000/004/369/4369992/
遠藤 諭(えんどうさとし)
角川アスキー総合研究所リサーチパートナー、MITテクノロジーレビュー日本版アドバイザー、ZEN大学客員教授、ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍も手がけた。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
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