Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第11回

【法政大学名誉教授・陣内秀信氏】スクラップ&ビルドから「空間人類学」へ。江戸の地形と水網が再起動する、水都東京の未来OS

文●玉置泰紀(エリアLOVEウォーカー総編集長)

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江戸は巨大な「水都のOS」。
地形を活かしたグランドデザインと現代への警鐘

玉置: 私たちがいま共に取り組んでいる外濠の再生プロジェクトは、まさに江戸城を中心とした巨大な螺旋状の「水都のOS」を現代に再起動させる壮大な試みです。先生の「テリトーリオ(流域の文化圏)」の視点から見れば、外濠は単なる堀ではなく、神田川から隅田川、東京湾へと連なる水系の核心ですね。改めて、江戸という都市が持っていた「水都としてのシステム(OS)」の全貌についてお聞かせください。

陣内: まさに、江戸という都市自体がひとつの巨大な「テリトーリオ」だったんです。実は以前、私が代表となって「水都学」というテーマで、法政大学で初めて「基盤S」という一番取得の難しい科学研究費を取りましてね。日本と世界の水都を比較する大規模なプロジェクトをやり、法政大学出版局からシリーズで5冊の本を出しました。その中の第3巻で、「東京首都圏 水のテリトーリオ」と題し、テリトーリオの視点から江戸東京の水都のあり方を見直したのです。これで視野が大きく広がりました。

玉置: 江戸の水都OSの全貌が、学術的にも解明されたわけですね。

陣内: ええ。まず「利根川水系」です。家康は江戸を水害から守るために利根川を東へ曲げる「東遷(とうせん)」を行いましたが、それが結果的に巨大な物流ネットワークになりました。銚子から入った物資が、佐原や野田を通って、小名木川から江戸へと運ばれてくる。佐原や川越、栃木などは水系で繋がった「小江戸」と呼ばれ、実際にみんなで船に乗って集まる「小江戸サミット」を東京でやったこともあるくらい、広域で強力なネットワークでした。

 さらに、江戸城の内外の水路網も、驚くほどシステマチックに「階層化(ヒエラルキー)」されていました。 ・大河川:利根川、多摩川、荒川などの広域インフラ。 ・中河川:目黒川、神田川などの都市河川。 ・小河川:山の手の湧き水の池から始まる善福寺川、妙正寺川など。

 これらが「おたまじゃくし」のように地図に描かれた池となり、水が流れ出て多目的に使われました。こうした河川群は、江戸を支える食料や木材、石材を運び込む「物流の血管」として機能していた。さらに飯田橋から西、さらには南には、低地の水路を生かし、高台を切り通して円環状に巡る外濠が建設され、高低差を考えた堰があって船は入れませんでした。外濠という「物理的な仕切り」があり、防衛機能と社会的な階層が地形で見事にコントロールされていたんです。

玉置: 外濠のあの「の」の字型の螺旋構造も、その地形利用の極致ですね。

陣内: その通りです。外濠は一番高い四谷あたりを頂点に、玉川上水を取り込んで水位を「堰(せき)」で調整しながら循環させていました。  また最近、気鋭の建築史研究者、岩本馨さんの研究で、明暦の大火後に大規模な都市改造が行われたという従来の説は過ちで、その前から江戸を拡大再編成する動きがあったことがわかりました。大分県臼杵で見つかった「寛永江戸全図」(1640年代)を見ると、大火より前から沢山の寺院や神社、大名屋敷などが今の山手線の外側にまで配置され、「江戸のグランドデザイン」がすでに完璧に計画されていた。江戸は最初から、地形の層を読み切った「緻密なビジョン」の上に成り立っていたんです。

 今の日本の都市開発は、この地形の理(ことわり)を完全に無視しています。無理に斜面を削り、谷を埋めてタワーマンションを建てるから、水脈が途切れたり、土砂崩れのような災害が起きる。長崎の大水害などもそうですが、歴史を知っていれば「本来開発してはいけない危ない場所」は自ずと分かったはずです。私たちは、この先人の知恵を現代の防災と環境のパラダイムとして再起動させなければなりません。

市ヶ谷駅の横に広がる外濠(筆者撮影)

市ヶ谷と飯田橋の中間あたりにかかる新見附橋から飯田橋方向を望む(筆者撮影)

見えない「暗渠」と「聖なる水」が呼び覚ます、都市のポテンシャル

玉置: 東京は近代化の過程で多くの水路を「暗渠(あんきょ)」にしました。私は、失われた水辺をただ嘆くのではなく、路地の痕跡から「見えない江戸の水脈」を想像し、足で読み解くことは、メタ観光の大きな醍醐味だと考えています。

陣内: 暗渠の面白さが広く注目されたのは、やはり『タモリ倶楽部』の影響が大きいですね。実は私も『ブラタモリ』の立ち上げ、企画段階のコンセプト作りから関わらせていただいて、実際に番組にも何度か出演しているんです。

玉置: そうですよね。タモリさんとの街歩き、そして番組作りの裏側はいかがでしたか。

陣内: タモリさんは本当に街の地形や高低差、見えない歴史の痕跡を読み解く天才ですよ。ロケの現場でも色々とやり取りをしましたが、彼は平らできれいな道よりも、ちょっとした起伏や、川が暗渠になった痕跡のような「都市のバグ」みたいなところを歩く時の方が、圧倒的にイキイキしているんです。  

 伝説となった『ブラタモリ』の第1回放送(試作版)もまさにそうで、私は参加しなかったのですが、明治神宮の「清正の井(きよまさのい)」から始まって、竹下通りの裏のブラームスの小径を通って、キャットストリート、そして渋谷川へと至る。まさに暗渠を徹底的に辿る旅でした。私が出演した際には、タモリさんと一緒に微地形の変化を楽しみながら、「この段差(ダンサー)が好きなんだ」とか「この無駄な空間がいいんだよ」なんて言いながら歩くのは本当に面白かった。  

 一見「無駄」に見える路地裏の余白や、街区の背後の斜面に潜む階段、段差。暗渠のウネウネとした痕跡。そこにこそ、都市の本当の豊かさが詰まっているということを、タモリさんは直感的に身体で分かっているんです。あの番組が示したのは、街の余白を楽しむ姿勢そのものが極上のエンターテインメントになるということでした。

 実は90年代、バブルで古い家屋が地上げ屋に壊され、そうした無駄や歴史の余白が剥ぎ取られていく東京に嫌気がさして、私は一度地中海へ逃げたんです。そこでイタリアの神秘な島と言われるサルデーニャ島の調査を行いました。そこで衝撃を受けたのが、古代ローマやキリスト教以前のヌラーゲという巨石文明の時代の「古層」にある「聖なる井戸」でした。水に神聖な力を感じ、水脈を祀るアニミズム的な感性。これはヨーロッパではキリスト教に上書きされて消されてしまったものですが、日本にはまだ「八百万の神」として地下に、あるいは暗渠の中に息づいている。

玉置: その「地下に眠る感性」が、現代の東京の各所で若い世代によって再発見されているのですね。

陣内: ええ。例えば国立の南の「谷保(やぼ)」。国立といえば一橋大学がある優雅な学園都市のイメージですが、その南の崖線(ハケ)沿いには、今も豊かな湧水と水田地帯、古い集落が残っている。10数数年前に、映像作家が都市農業の農園を始め、一橋大学の学生が頑張って、団地の空き店舗を拠点に地産地消の動きが生まれた。同じく一橋大学の女子学生が、地域で愛されていたスナックを引き継いで「チーママ」から「ママ」になり、そこが新しいコミュニティの拠点になっているんです。東京のあちこちで、暗渠や古い街のポテンシャルを若い世代が能動的に面白がっている。

玉置: 歴史的な地層(テリトーリオ)が、新しい豊かなライフスタイルを生んでいる。

陣内: 小金井の「ハケ」の下にある湧き水もそうです。歴史の奥行きを見える化し、自然の緑や水と、現代のアーバンな要素をもう一度結びつけること。外濠の再生も、単に蓋を開けるかどうかという議論ではなく、足元に眠る「水都のOS」を読み解き、豊かな日常として描き出すことに本質があります。歴史を「知識」として知るだけでなく、タモリさんのように土地の記憶をバッチリと身体感覚で呼び覚ますこと。それこそが、成熟した東京の未来を創るのだと確信しています。

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