Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第10回
【東京スリバチ学会会長・皆川典久氏】「平坦・均一」のバグから都市の記憶が宿るOSへ。建築家×地形マニアが解き明かす「東京の凹凸」が拓く未来
ニューヨークとの比較に見る「東京の二面性」と、次世代へ手渡す「余白」と「記憶」
玉置: 最後に2点伺います。一つはニューヨークとの比較です。マンハッタンのような格子状(グリッド)の計画都市と、東京の違いについてどう見ておられますか。もう一つは、スリバチ学会の20年から次の20年、50年を見据え、次世代に向けて私たちが街に何を残していくべきかという未来のビジョンについてです。
皆川: まず一つ目ですが、実はニューヨークのマンハッタンって、元々は氷河期に削られた岩盤の起伏がかなりあった場所なんです。でも、都市開発の過程でセントラルパークのような意図的な「余白」を残しつつも、基本的には地形を全部平らに均して、5番街が代表する見事な格子状(グリッド)の街区を作りました。
翻って東京を見ると、銀座や日本橋、丸の内といった東側の低地エリアは、マンハッタンと同じように平坦なため、見事なグリッド状の街区を持っています。一方で、西側の山手(高台)に目を向けると、スリバチのような凸凹の複雑な地形が有機的に広がっている。つまり東京という街は、「平坦な人工的な計画都市」と「地形の理に沿った有機的な都市」という、両極端な二つの顔がパッチワークのように一つの都市に同居しているんです。これは世界的に見ても非常に稀有であり、この「二面性」こそが東京の圧倒的なポテンシャルだと言えます。
玉置: 平坦なグリッドと、凸凹の有機的な地形のハイブリッド都市ですね。では、その東京の未来に向けて、私たちが次世代に残すべきビジョンは何でしょうか。
皆川: それが東京特有の「余白」です。現代の都市計画やデベロッパーの思考は、空き地や再開発の土地があると、すぐにタワーマンションや商業施設でパズルのように埋め尽くして、すべてを「用途決定」して完成させようとしてしまう。
でも、先ほどお話ししたように、江戸時代の大名屋敷の跡地が、明治以降の近代化において巨大な「余白(バッファ)」として機能したからこそ、東京は柔軟に進化できました。ですから私たちも、スクラップ&ビルドで隙間なく埋め尽くすのではなく、「今はあえて何も建てないでおく」「用途をガチガチに決めないでおく」という決断をする勇気が必要です。次の世代が、50年後の価値観で「ここはこう使おう」と自由に発想できる「余白」や「遊び」を、都市の中に意図的に残して手渡すこと。これが未来のOSにとって一番大切だと思います。
玉置: スクラップ&ビルドですべてを埋め尽くし、リセットするのではなく、余白や記憶を残す。皆川さんの地元である群馬県前橋市でも、最近は建物の記憶を残す面白い取り組みが起きていますよね。
皆川: ええ、私の故郷の前橋では今、JINSの代表である田中仁さん(前橋市出身)などが中心となって、非常にクリエイティブで素晴らしい街づくりが進んでいます。 そこで一番象徴的で面白いのは、古い建物を壊して更地(サラチ)にして新築するのではなく、「白井屋ホテル(SHIROIYA HOTEL)」のように、既存の建物の記憶を活かして「リノベーション」している点です。あそこは元々創業300年を超える老舗旅館だったんですが、一度閉館して廃墟のようになっていた。それをすべて壊すのではなく、建築家の藤本壮介さんたちが設計を手がけ、既存のコンクリートの骨格をむき出しにして活かしながら、大胆なリノベーションを施しました。
玉置: 新しいピカピカの箱を建てるのではなく、あえて古い骨格を残したと。
皆川: そうなんです。日本の不動産契約や商慣習って、「退去時は原状回復して更地に戻す」「売る時は建物を壊して更地渡しにする」というのが一般的で、それが一番高く売れるとされていますよね。でも、あれは都市の歴史や記憶を完全にリセットしてしまう、本当に「悪習」だと思います。
何でもかんでも平坦に均して更地にし、どこにでもあるような新しい箱を建てるより、白井屋ホテルのように古い建物のコンテクスト(文脈)を引き継いでリノベーションした方が、絶対に個性的で面白い空間になるんです。京都の京セラ美術館や、任天堂の旧本社ビルの活用などもまさにそうですよね。
玉置: 「更地戻し」という均質化の圧力に抗い、記憶を次世代のOSに組み込むわけですね。
皆川: まさにその通りです。地形の起伏も、古い建物も、すべては街が長い時間をかけて培ってきた「記憶」です。これからの「新しい街づくりのOS」は、効率化や経済合理性だけで更地にするのではなく、その土地が持つ凸凹の文脈を愛でながら、新しい表現や機能へとアップデートしていくこと。そうした記憶の継承と「余白」の提示こそが、これからの街づくりの最もワクワクする部分であり、次の100年の東京を面白くするのだと確信しています。
平坦に均すことだけが正解なのではなく、その地形が持つ記憶や文脈が刻まれた「新しい都市の風景」があっていいと思います。これまでの「効率化」だけでは、あと50年もすれば東京の個性自体も維持できなくなってしまう。だからこそ、現場の知恵と地形の個性を入れ、進化させていく。100年後の人たちに「21世紀の先人たちが『余白』の選択肢を残しておいてくれたおかげで、今の豊かな街があるんだ」と思ってもらえるような、そんな攻めの街づくりを進めていきたいと思っています。
玉置: 「均質化される現実」を「地形を活かした攻めの活用」に変える。皆川さんのその覚悟が、次の50年の東京を面白くしそうです。
皆川: データで街を俯瞰しながらも、常に現場を歩く「身体性」と「熱量」を反映させていきたいですね。
【編集後記:玉置の眼】
皆川典久という男は、実に不思議なバランス感覚を持った「越境者」だ。
建築家とマニア、プロと市民、そして効率と記憶。彼はその対立しがちな境界を軽やかに越え、両者を統合し続けている。
鹿島建設という、ともすれば地形を克服し効率的に開発することを正義とする組織にいながら、彼が語るのは常に地形に寄り添う生態系であり、100年先を見据えた都市の記憶の継承である。皆川さんは言う。「私たちは、画面上のデータだけでなく、自らの足と身体で街のOSを再言語化しなければならない」と。
かつて「バグ」として処理されてきたスリバチ地形が、命名という魔術によって東京独自の「個性」へと変異したように、街の記憶に「歩く人々の熱量」が加わったとき、そこには管理を超えた生命力が宿る。
皆川さんが描く未来もまた、保存という名の「守り」ではない。建築家とマニア、プロと市民、効率と記憶、その境界を軽やかに越え続ける人。そんな皆川さんが打ち出す「次の20年のOS」は、単なる都市計画ではない。それは、僕たちが自分たちの足元にある「地形」に自信を持ち、再び新しい文化や表現を生み出すための、壮大な再起動の合図なのだ。
●玉置泰紀(たまきやすのり) プロフィール 1961年大阪府生まれの編集者、プロデューサー。同志社大学卒業後、産経新聞記者、福武書店(現ベネッセ)を経て角川書店に入社。「関西ウォーカー」など4誌の編集長や総編集長を歴任した。現在は角川アスキー総合研究所に所属し、「エリアLOVEウォーカー」総編集長を務める傍ら、国際大学GLOCOM客員研究員や京都市埋蔵文化財研究所理事、東京文化資源会議幹事、国際文化都市整備機構理事など、地域の文化・観光振興に幅広く携わっている。
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