Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第10回
【東京スリバチ学会会長・皆川典久氏】「平坦・均一」のバグから都市の記憶が宿るOSへ。建築家×地形マニアが解き明かす「東京の凹凸」が拓く未来
次の20年へ。江戸の「余白」を活かし、地形の落差で「流域間連結導水」を最適化する
玉置: スリバチ学会が設立されてから約20年。これからの「新しい街づくりのOS」を考える上で、50年後、100年後の東京に私たちが残すべき「遊び」や「余白」、そして未来へのビジョンとは何でしょうか。
皆川: 東京の未来を考える際、まず江戸が持っていた「余白」の価値を再評価することに大きな可能性があります。江戸時代、都市の大部分を占めていた広大な「大名屋敷」は、明治以降、鉄道や学校、官庁、公園といった近代インフラへ転用できる巨大な「バッファ(遊び)」として機能しました。パリのオスマン大改造のように庶民を強制的に立ち退かせる痛みを伴わず、この歴史的余白があったからこそ、東京はスムーズに近代都市へと脱皮できたんです。
これからのOSに必要なのは、この余白の歴史を活かしつつ、地形が持つ「DNA」の違いを尊重した開発です。大名屋敷があった「高台」は大規模な再開発に向きますが、細かな区画で庶民の営みが続いてきた「低地」では、駅前だからと他と同様にタワーマンションを建てるのではなく、もともとの街の個性を活かし、ヒューマンスケールなリノベーションで街の特徴を守るべきです。この「高台と低地の二面性」を継承することこそが、東京のアイデンティティになるはずです。
玉置: 地形に逆らわない開発ですね。水辺の未来についても、よりスケールの大きな「流域」の視点での議論が必要だと感じます。
皆川: その通りです。今、私たちが未来に向けてポジティブな挑戦として考えるべきなのが、「流域間連結導水」という発想です。 現在、水質が悪化している外濠を浄化するために、玉川上水のルートを使って導水しようという計画が進んでいます。しかし多摩川の水量は少なく、既得の水利権も絡んで、多摩川の水を玉川上水経由で外堀に流すのは、どうも困難なようです。その代案として、荒川の水を下流の秋ヶ瀬堰に貯め込み、そこから大型の電力ポンプを使って標高が「70メートル」も高い境浄水場へ運び上げ、玉川上水下流部の流路を活用して外堀に接続しようと東京都は考えているようです。しかし、これには年間数億円規模の膨大な電気代がかかり、エネルギー的には極めて非効率でサステナブルではありません。
玉置: 無理やり低いところから高いところへ水を押し上げているわけですね。
皆川: ええ。もし本当に「地形の理」を活かすなら、かつて国土交通省の水資源部長だった細見さんが持論として提唱されていたように、スケールの違う解決策があるんです。例えば、埼玉県にあって東京都も水利権を持っている「二瀬ダム(荒川水系)」の水を、雲取山あたりの山中をトンネル導水管で抜いて、多摩川上流に落とせばいい。数百メートルの落差があれば、エネルギーを一切使わずに「自然流下」で多摩川に水を供給できるんです。
玉置: 人間都合の強引なポンプアップではなく、自然の「落差」という巨大なポテンシャルを賢く使うわけですか。
皆川: そうなんです。「水都東京」の会議などでも話題に上りましたが、多摩川源流に隣接する相模川水系の水源(葛葉川ダムなど)を繋ぐようなアイデアもあります。標高差を活かして、玉川上水に導水できれば、東京のいたる所で、かつて宇田川の支流、河骨川で歌われた「春の小川」のような豊かな流れや、千川上水、野火止用水といったかつての水脈を、ネイチャーポジティブな都市の動脈のように、復活させることができるかもしれません。
もちろん、水利権などの法的な壁は非常に高く、現時点では「夢」のような話に聞こえるかもしれません。しかし、21世紀の前半から後半にかけて、アメリカのコロラド川やイラン、アラル海、あるいはヨーロッパ全域を見ても、「水の再配分」は世界的な政治の大きなテーマになります。日本も例外ではありませんが、日本の国土には地形と水といった、他国には無いポテンシャルが備わっている。
玉置: 江戸の知恵が地形を活かしたように、現代の技術で「地形の理」を再実装するわけですね。
皆川: まさにその通りです。もし現代に徳川家康がいたら、絶対に電気を使った力技のポンプアップなんてしません。上流のダムを繋ぎ、地形の落差を読み切って、重力だけで水を江戸市中に運ぶはずです。
スリバチの底に湧く水から、流域を跨ぐ大規模な「水の再配分」まで、すべては地形の理に従うことで、都市は美しく、そして強靭になります。自然の落差というエネルギーを活かした「水のOS」を再設計することこそが、次の100年の東京を真の「世界遺産級」の価値へと高めていくのだと確信しています。
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