Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第10回
【東京スリバチ学会会長・皆川典久氏】「平坦・均一」のバグから都市の記憶が宿るOSへ。建築家×地形マニアが解き明かす「東京の凹凸」が拓く未来
デジタル全盛時代に「下を向いて歩く」意義。タモリ氏と共有した地形のエンタメ性
玉置: 4つ目の質問です。いまやスマホ一つで目的地まで最短ルートでナビゲーションされるデジタル全盛の時代です。情報が画面上で完結しやすくなる中で、あえて「下を向いて歩く」というスリバチ学会の身体性や、アナログな街歩きの価値はどこにあるとお考えですか。
皆川: デジタルツールで目的地を「点(スポット)」で検索して行くのはすごく便利でいいんですが、私たちはあえて「紙地図」を好んで使います。というのも、点と点で移動してしまうと見落としがちですが、実はその「途中」にこそ結構面白いものが隠れているからです。 紙地図の最大の効能は、目的地までの「途中の繋がり」や「面としての広がり」を俯瞰して見られること。だから紙地図の価値って大切だと思っています。
さらに、ただの2次元の地図ではなく、カシミール3Dなどのように「3次元的に土地の高低差が表現されている紙地図」であればもっと面白い。そんな想いで『東京23区凸凹地図』を『まっぷる』の昭文社に提案し、出版に至っています。街をあてどなく歩き回るのも、もちろん楽しいのですが、高低差が分かれば「あえて斜面があるところ」や「凹地があるところ」「川の痕跡があるところ」を狙って歩いて行ける。街の『注目ポイント』が事前に分かるわけです。
玉置: スリバチ学会の合言葉である「下を向いて歩こう」には、そうした紙地図で見つけた地形を、実際に足元で確かめる面白さが込められているのですね。そのマニアックだった視点が世の中に広く認知されたきっかけといえば、やはり『タモリ倶楽部』や『ブラタモリ』の影響が大きいですよね。皆川さんは立ち上げから関わり、番組にも何度も出演されています。
皆川: ええ、あれは坂本九さんの「上を向いて歩こう」のパロディなんですが(笑)。要するに「足元にはいろんな歴史の痕跡が隠れているのに、大体みんな見過ごして生活してしまっている。だから足元にしっかり注目しようよ」というメッセージなんです。
実は『ブラタモリ』には立ち上げの企画段階から関わらせていただきましたし、『タモリ倶楽部』に出演させていただいたことは、スリバチ学会が世に出る非常に大きな転機でした。 タモリさんご自身がもともと坂道や地形が大好きで、高低差から街の歴史や物語を読み解く天才的な視点を持っていらっしゃいます。番組のロケでご一緒した時も、タモリさんご本人から直接「やっぱり街は平らじゃつまらない。凸凹してないと面白くないよね」というようなお話を伺って、私たちの「地形を愛でる」という活動と完全にシンクロしたんです。
玉置: 地形や高低差が、最高のエンターテインメントになった瞬間ですね。
皆川: そうなんです。「下を向いて歩く」という一見マニアックな視点が、実はすごく知的なエンターテインメントになるんだということを、タモリさんが世の中に証明してくれたのだと思います。
街のグラデーション、たった50cmや1mの「微地形」の段差は、スマホの平らな地図には出てこないし、実際に現地を自分の足で歩かないと絶対に分かりません。下町のわずかな段差を見つけて、「これは自然堤防の痕跡かな?」「海岸砂丘のなごりかな?」と現地で推理してストーリーを組み立てるのが一番の醍醐味なんです。そうやって紐解いた物語を地元の人に伝えると、本当に喜んでくれます。
玉置: そうした地形の起伏は、実際の都市開発の中ではどう扱われてきたのでしょうか。
皆川: 実は、建築家やデベロッパーというのは、土地を「真っ平ら(フラット)」にしがちです。斜面に合わせて建物を設計したり施工したりするのは非常に面倒ですし、貸す方にとっても売る方にとっても平坦な方が、効率が良くて経済価値が高く評価されるので。これまでの日本の都市開発は、とにかく山を削り、谷を埋めて平準化する、そして過去を顧みない「スクラップ&ビルド」の歴史でした。
玉置: しかし最近の東京では、渋谷の桜丘や麻布台ヒルズの再開発など、あえて地形を意識して残すような動きも出てきていますよね。
皆川: おっしゃる通りです。渋谷の桜丘などは多様な坂がある典型的なスリバチ地形ですが、最近は行政側から「地形の文脈を意識するように」という指導が入るようになってきました。そして何より、デベロッパーや建築家自身の意識が変わり始めたんです。 内藤廣さんをはじめとする建築家たちも、完全に平坦にして記憶を消し去り、どこにでもある新しいハコモノを作ることの「デメリット」に気づき始めました。便利で快適になっても、都市の「個性」が失われてしまえば、結果的に街の魅力や価値は下がってしまうと。
玉置: 地形だけでなく、既存の建物の記憶を残す動きにも繋がりますね。例えば、再開発計画が白紙化して迷走している中野サンプラザの建て替え問題も根っこは同じように感じます。あの三角形の特徴的な建物には、中央線のサブカルチャーや様々な音楽の歴史と記憶がびっしり詰まっています。すべてを壊して新しくすれば一時的に便利にはなりますが、どこにでもある均質な街になってしまう。
皆川: ええ。だからこそ、これからの新しい街づくりのOSは、スクラップ&ビルドではなく記憶を継承する「リノベーション」が主流になるべきなんです。素晴らしい例のひとつが、京都の「京都市京セラ美術館」です。建築家の青木淳さんと西澤徹夫さんが、元の歴史的な建物の意匠を最大限に活かしながら、現代の機能にマッチする見事な大規模改修を行いました。既存の建物の記憶や、土地の地形といったコンテクスト(文脈)を残しながら、どう現代のOSにアップデートしていくか。それこそが、これからの都市の魅力を決定づけるのだと思います。
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