Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第10回

【東京スリバチ学会会長・皆川典久氏】「平坦・均一」のバグから都市の記憶が宿るOSへ。建築家×地形マニアが解き明かす「東京の凹凸」が拓く未来

文●玉置泰紀(エリアLOVEウォーカー総編集長)

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建築家×地形マニア——「すみだメタ観光祭」で見せたレイヤーの統合術

玉置: 皆川さんは、鹿島建設でプロの建築設計に携わる一方で、スリバチ学会会長として活動されています。以前ご一緒した「すみだメタ観光祭」のツアーガイドでもお話しいただきましたが、「土地のコンテクスト(文脈)を読み解く」というプロの視点と、「地形の痕跡を愛でる」というマニアの視点は、ご自身の中でどう統合され、実際の街づくりに生かされているのでしょうか。

皆川: その二つの視点を統合して街を把握することは、これからの街づくりにおいて非常に大切だと思っています。 例えば、メタ観光祭で歩いた墨田区のような下町エリアは、一見すると真っ平らな「マナイタ地形」に見えますよね。でも、実際に自分の足で歩いて注意深く観察すると、実は50cmから1mくらいのわずかな高低差がちゃんと存在しているんです。

 そこには「自然堤防」や「後背湿地」「海岸砂丘」といった微地形の特色があります。水害を避けるために、ほんの少しだけ高い場所から最初に都市化されていくので、そうした場所には古い神社やお寺が残っていたり、人々の営みの履歴が色濃く刻まれているわけです。それが現地を歩いて見ることで、発見できました。

玉置: 巨大な谷(スリバチ)がなくても、わずかな高低差に街の成り立ちが隠されているわけですね。

2021年に「すみだメタ観光祭」で皆川さん(右端)にガイドツアーを実施してもらった

カシミール3Dを使って作成した現代の凸凹地図

江戸時代末期の様子。ジャピール社の「今昔散歩重ね地図」を基に東京スリバチ学会が作成

墨田区の三囲(みめぐり)神社で、皆川さんと筆者(左)

皆川: ええ。実際にフィールドワークで地元の方と一緒に歩く場合、最初は皆さん「自分の街に、観るべきところは何もないよ」とおっしゃる場合が多い。でも、「ここにこの産業や文化が根付いたのは、あるいは身近なことでいえば、ここにお地蔵さんが祀られているのは、こういう地形的な理由があるんですよ」と読み解いてあげると、「なるほど、そういうことだったのか!」と皆さんの表情がパッと変わる。 それがきっかけで自分の街の隠れた魅力に気づき、住む町が好きになっていく。いわゆる「シビックプライド」が醸成されていくんです。

 地形を読み解くことが、結果的に町おこしや地域再生のスタート地点になる。実はスリバチ学会のこうした取り組みは、2024年に「地域再生大賞」の優秀賞などもいただきまして、実際のまちづくり手法としても評価されているんです。

玉置: 非常に面白いですね。歴史の浅い埋立地などでも、そうしたレイヤーは見つかるのでしょうか。

皆川: もちろん見つかります。埋立地であっても、一気に作られたわけではなく「段階的な埋め立ての歴史」というレイヤーが確実に存在します。10年、20年、50年と経てば立派な歴史の地層が現れるんです。 以前、お台場でメタ観光のツアーをやった時も、バブル崩壊で幻に終わった「世界都市博覧会(都市博)」のために準備されたインフラの痕跡が残っていたりして、それを読み解くのが非常にエキサイティングでした。

玉置: 地形そのものを読み解く面白さといえば、東京の場合、江戸城の「防衛」的戦略が大きく関わっていますよね。

皆川: そうなんです。例えばお茶の水渓谷なんかも、あれが江戸時代に作られた「人工の渓谷」だということを意外と知らない人が多いですよね。江戸城の北側の防衛線(外濠)を作るために、本郷台地(神田山)を深く掘り割った大工事です。東北地方の雄藩、仙台藩伊達家に作らせたので「仙台堀」とも呼ばれます。攻めてきそうな強力な外様大名に自ら防ぐための堀を作らせて財力を削ぐという、家康の恐るべき知略です。

玉置: 物理的な地形の改変が、そのまま政治的な防衛インフラだったと。

皆川: さらに徳川家は、天海大僧正の指導のもと、そうした物理的な防衛だけでなく「霊的防衛」も徹底していました。鬼門(北東)に寛永寺や神田明神を、裏鬼門(南西)に増上寺や山王日枝神社を配するなど、風水的なOSを街に実装したわけです。 そうやって大規模な造成を行いながらも、根本的な「台地と低地」という高低差を巧みに利用した。だからこそ、東京はまったく違うキャラクターの街がパッチワークのように隣り合って散りばめられている。これが最大の魅力です。

玉置: プロの建築家としては、そうした歴史や地形のレイヤーをどう設計に昇華させていくのでしょうか。

皆川: 一般的には地形を「克服」(平準化)して、新しいハコモノを建てようとしがちですが、マニアの視点が入ることでアプローチが変わるはずです。 最近は川に蓋をした「暗渠(あんきょ)」を巡るマニアの方も増えていますが、現代の設計でも「カシミール3D」のような地形ソフトや古地図を駆使して、一見変哲のない風景の中に隠された「水のレイヤー」や「歴史の痕跡」をまず発掘することから始めます。そして、すべてを消し去るのではなく、掘り起こした街の文脈を、新しい空間構成の中にそっと「忍ばせる」。過去の物語を現代のOSに引き継ぐ、このプロとマニアの視点の統合こそが、これからの街づくりのメソッドの核になると考えています。

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