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特許権、意匠権、商標権と生成AIの関係を整理

「生成AIと発明(特許権)は相性が良い」知財の専門家、日本弁理士会が解説

2024年08月06日 07時00分更新

文● 大河原克行 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 日本弁理士会は2024年7月30日、「生成AIと知的財産権」の関係についての記者説明会を開催した。

 日本弁理士会 著作権委員会 委員長の中 富雄氏は「著作権との関わりにおいては問題となる点が多い生成AIだが、特許権とは相性が良いと言える。生成AIは、特許権によって保護される発明を創作するために、有効な支援ツールになる可能性がある」と指摘。そのうえで「トラブルを回避するためには、どのような行為が知的財産権の侵害になるのか、正しい知識を持つことが重要だ」と呼びかけた。

著作物の創作とは異なり、発明創作において生成AIは活用しやすい、有効な支援ツールになると説明した

日本弁理士会 著作権委員会 委員長の中 富雄氏

生成AIは「発明創作のスピードを上げ、質も高める」ツールになりうる

 日本弁理士会は、知的財産の専門家である弁理士により構成される組織。これまでも生成AIと著作権に関する説明会を開催してきた(昨年8月今年3月)。

 今回は、今年5月に政府の知的財産戦略本部が「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」を公表したことを受けて、著作権以外の知的財産権(特許権、意匠権、商標権)とAIとの関係を中心に説明した。

日本弁理士会のWebサイト(https://www.jpaa.or.jp/)

 中氏はまず、今回の説明のポイントとして「生成AIは、発明創作のための有効なツールと言える」と位置づける。

 たとえば、特定の性質を示す材料を生成するために、複数の材料から好ましいものを選択するような作業においては、人間よりも生成AIのほうが速く、大量に作業を進めることができる。同様に、複数の部材を組み合わせて構造物を構成する場合でも、各部材の好ましい配置や形状を創作するなどの手間のかかる作業は、生成AIに実行させることで大幅な時間短縮が見込める。

 「あらかた生成AIで作ってしまってから、発明者である人間が最終的なアレンジを行えばよい。これによって発明創作のスピードが上がり、質も高めることができる。効率よく発明創作を行うことができる」(中氏)

 今年5月、AIを「発明者」とする特許出願に対して「AIは発明者としては認められない」旨の高裁判決が出された。ただし中氏は、これはあくまで「AIが(法律上の)発明者にはなり得ない」ことを示した判決であり、「AIの生成物が発明と認められないこと」や「AIの支援ツールを使った人間が発明者と認められないこと」を意味するものではないことを強調した。

特許権、意匠権、商標権は、著作権とは大きく異なる

 中氏は「特許権、意匠権、商標権とAIとの関係と、著作権とAIとの関係とは、大きく異なる点がある」と説明する。その違いの背景には、各法(著作権法、特許法、意匠法、商標法)において「法目的」「権利の発生」「公開の有無」がどう規定されているかがあるという。

 特許法、意匠法、商標法の3つは「産業の発達」を法目的に含んでおり、特許庁への出願/審査/登録を経て権利が発生する。また、登録された内容は公開されるため、誰でも確認できる。

 一方、著作権法は「文化の発展」を法目的としており、「産業の発達」は目的としていない。また、著作物が創作された時点で権利が発生し、出願/審査などは必要としない。著作物を公表(公開)しなくても著作権の有無には影響しない。

 こうした違いがあるため、「特許権や意匠権、商標権と比較して、著作権が存在しているかどうかは容易にはわからない。著作権は不明確な要素が多い」と中氏は指摘する。

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 さらに、他人の権利を侵害したかどうかの判断においても「明確さ」に違いがあるという。

 特許権、意匠権、商標権の場合、侵害したかどうかの判断で「依拠性」は問われない。わかりやすく言えば、他人が登録済みの特許(あるいは意匠、商標)であることを知っていても知らなくても、それを実施(それを用いた製品を販売するなど)すれば権利侵害となる。

 それに対して、著作権の場合は「類似性」および「依拠性」の両方で判断されることになり、複雑だ。たとえ最終的な著作物が類似していたとしても、創作過程で他人の著作物に依拠して(真似をして)いなければ、著作権侵害とは判断されない。ただし、類似の度合いによっては「これほど似ているのは、依拠した以外にはありえない」と判断される可能性もある。

 「著作権侵害の判断には、著作物であるかの判断、類似しているかの判断、依拠しているかの判断が必要。複雑であり、明確ではない」(中氏)

特許権、意匠権、商標権の侵害判断はシンプル、問題になりにくい

 上述したような違いがあるため、生成AIによる特許権、意匠権、商標権の侵害については、著作権よりもかなりシンプルに判断できるという。

 まず、生成AIの学習段階については、既存の特許(あるいは意匠、商標)を生成AIに学習させる行為は、法が定める「特許(意匠、商標)の実施」には該当しないため、権利侵害にはならない。

 一方、生成/利用段階では、学習内容にかかわらず、既存の特許(あるいは意匠、商標)が含まれる(同一、類似の)ものは権利侵害となる。ここでは「生成AIにより生成されたものかどうか」で判断が変わることはない。

 中氏は、「著作権においては生成AIの利用によって権利侵害が複雑化したり、大幅に増加したりする問題が考えられるが、特許権や意匠権、商標権についてはそうした問題は考えにくい。従来と同様に、権利侵害と思われる行為を発見した場合には対応すればよい」と結論づける。

 「特許権、意匠権、商標権については、その内容が公開されているため権利侵害か否かの判断が行いやすく、あえて侵害製品を市場に送り出すことは考えにくい。そのため、侵害の態様が複雑化したり、大幅に増加したりといった問題は生じにくい」(中氏)

 こうした観点から、生成AIを発明創作の支援ツールとして利用することは有効だとの見解を示す。「発明創作などは、生成AIを利用しても問題が生じにくいものであり、積極的に生成AIの利用を検討することが好ましい」(中氏)。

 さらには、公開されている大量の特許情報を生成AIに分析させることで、専門知識がなくとも技術提携先や見込み顧客などの選択が可能になる、といった可能性を指摘した。

 「生成AIの登場で便利になる一方、知的財産権に関するトラブルが増加し、一般人にも影響を与える傾向にある。専門的な知識までは必要ないが、知的財産権に関する正しい知識を身につけることで、権利侵害などのトラブルを未然に防げる。専門的な内容であれば、無料相談窓口もあるので、弁理士などに相談してほしい」(中氏)

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