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著作権の基礎から知的財産ビジネスや二次創作への影響、AI関連発明のポイントなども説明

生成AIによる著作権問題、日本弁理士会が論点整理

2023年08月07日 07時00分更新

文● 大河原克行 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 生成系AIが生成するイラストや文章などについて著作権上の課題が指摘されるなか、日本弁理士会は2023年8月4日、報道関係者を対象に「生成系AIと著作権法における論点整理」のための説明会を開催した。この問題について弁理士の立場からの見方を示すとともに、生成系AIの技術についても触れ、AI利用装置やAI利用発明に関する特許や発明などについても説明を行った。

日本弁理士会 著作権委員会 委員長の高橋雅和氏、知財制度検討委員会 委員長の中尾直樹氏

著作権が発生しない? 生成AIをめぐる著作権上の課題を説明

 日本弁理士会は知的財産の専門家である弁理士によって構成される組織で、1915年(大正4年)に設立。知的財産制度の研究と普及、弁理士の進歩と業務改善に関する各種活動を行っている。

 今回の説明では、日本弁理士会で著作権委員会委員長を務める高橋雅和氏と、知財制度検討委員会の委員長を務める中尾直樹氏が解説した。

 高橋氏はまず「高度な生成AIの登場により、イラストや文章などを誰でも簡単に、短時間に、大量に作成することが可能になった。イノベーションが期待される一方で、著作権に関する様々な論点、課題が提起されている」と現状を説明したうえで、著作権法の前提から説明した。

 著作権法は裁判所でしか判断ができない法律であるため、予見可能性や判断明確性が低く、個々の事案について「著作権が成立するか」「類似性が認められ著作権侵害が成立するか」といった点は、専門家でも意見が分かれることが珍しくないという。

 「クリエイターにとっては、自分で作った創作物には当然、著作権が発生しているという先入観があるが、実際の結論と齟齬が発生する場合もある。著作権侵害になるか否かについても、専門家であったとしても、見ただけで即座に判断することは難しい」(高橋氏)

著作権法の特徴として「予見可能性の低さ」「判断明確性の低さ」を指摘する

著作権が成立しているか、著作権侵害が成立しているかは裁判所の判断となり、専門家でも即座に判断することは難しいという

 その上で、生成AIの学習段階においては、「自分の創作物を学習されたくない」「学習したのであれば補償してほしい」と創作者が考えても、その創作物にそもそも著作権が発生しているのかどうかという点、基盤モデルを開発している企業が学習内容を開示しなければ、対象となる創作物を学習したかどうかもわからないという課題が発生することなどを指摘する。生成AIを開発する事業者に対する学習内容開示の透明性や、情報開示の協力が求められている理由もそこにある。

 また、著作権の発生や侵害などは裁判所で判断されるため、多くの時間とコストを費やすことになり、生成AIの進化の速度や、創作物が相次いで登場する状況を考えると、現在の著作権法の考え方では現実的ではない状況にあるのも事実だ。そのため、生成AIに関する課題を解決するには、現行の著作権法を改正するというアプローチでは馴染みにくいという見方が多い。

 もうひとつのポイントは、生成AIを活用して作られた生成物に著作権が認められるかどうかという点だ。

 この点については、著作権法が「人間の思想または感情の表現を保護」するものであるという観点から見れば、生成AIは「人間」でないため、AI生成物には著作権が発生しないという説が優勢であり、実際に文化庁文化審議会著作権分科会でも著作権は発生しないという方向で議論が進んでいるという。また、米国の著作権局ガイドラインにおいても、画像生成AIを使って制作されたグラフィックノベルは著作権による保護を受けないことが示されている。

 ただしAIを、人間の創作を補助する「ツール」として使用したに過ぎない場合は、著作権が発生する余地があるとも指摘する。たとえば人間が描いた絵をベースに、AIによるノイズ除去や色調調整を施したケースがそれに当たる。もっとも、ここでは「どんなAIをどのように使ったのか」がわからなければ著作権の判断ができないため、今後は創作物を制作する過程を詳細に記録することが重要になる可能性もあるという。

 「著作権法を、生成AIに当てはめると著作権解釈はより複雑になる」というのが、高橋弁理士の見方だ。

生成AIの活用にはリスク回避のために創作過程の記録などが必要

 生成AIの活用について、高橋弁理士はいくつかの提案と対策を提示した。

 ひとつめは、著作権ビジネスを想定している場合には「著作権が生じるように創作すること」が重要だということだ。

 「著作権がなければ他者が複製できてしまうため、著作権の存在を前提としたビジネスが成立しなくなる。何を目的として、どのAIを使って、誰がどのように創作するか、という戦略と過程が重要になる。創作過程の証拠確保にはタイムスタンプなどの活用も考えられる」(高橋氏)

 2つめは、AIによる生成物を開示した際に発生する課題への対応である。

 生成物を開示する際には、それが他人の著作権を侵害していないかを検討しなくてはならないとする。ここでも、紛争時を想定して、創作過程の詳細を記録しておくことが重要だと述べた。

 「300行ものプロンプトを打ち込んで生成した絵だとしても、その証明がなければ裁判では不利になる。紛争を想定すると、生成AIを活用した生成物には、創作過程を記録することは『義務』に近い話になる可能性がある」(高橋氏)

 「きれいな富士山」という簡単なプロンプトだけで生成された絵と、詳細な要件を多数組み合わせて求めるものを生成した絵の2種類があったとしても、その絵を見ただけではどこまで製作者の意図が反映されて描かれたものなのかがわからない。「自分の創作が入っているということを証明するには、創作過程の記録がなければ難しくなる」(高橋氏)

 また、著作権法ではいわゆる“作風”やアイデアは保護されないが、類似しているのが「感情的に許せない」という層がいれば、SNSなどで炎上する可能性がある。著作権法に触れないと判断できる場合でも、関係者の合意を事前に行っておくなど、著作権法以外の観点からの対応も準備しておく必要があるという。

 その一方で、こんな指摘もした。

 「コミケの二次創作などは、著作権の観点からは黙認されてきた経緯があるが、生成AIで次々と二次創作が生まれると、作者側の感情も変化することになる。黙認されてきた著作権侵害が見過ごされなくなる可能性もある」(高橋氏)

 3つめは、ビジネスでの生成AI利用における「対策」の重要性である。

 生成AIを活用することで業務の効率化が図られ、時間短縮やコスト削減につながることが期待されるが、高橋氏は「そこで浮いた時間やコストの一部は、調査や記録、契約検討などの『リスク回避』に充てざるを得ないと考えておくべきだ」と提言する。

AI関連発明の特許出願件数が急増、発明のポイントは?

 日本弁理士会 知財制度検討委員会 委員長の中尾直樹氏は「生成系AIを利用した技術開発のポイント」という観点から説明を行い、生成AIの仕組みを仮定しながらその特徴を分析した。

 中尾氏は「AI利用装置は全体がブラックボックス化している。だが、ひとつのAI利用装置だけですべてに対応できるとは考えにくい。AIに学習させやすいところに焦点を当てて学習させたほうが、結果としては思ったようにAIが動かせるはずだ」と指摘。一例として“作風変換AI”の仕組みを検討するかたちで、AI利用装置の可能性を説明した。

想像上のAI利用装置として“作風変換AI”を想定し、その仕組みを見ることでAI発明のポイントを示す

 たとえば、新聞記事を例に、作風変換AIを活用したと仮定する。ある事件のニュースを記事化する際、事実そのものは同じでも、経済新聞とスポーツ新聞では書き方が異なり、そこに「作風」が存在することになる。

 その際、事件そのものの事実について様々なニュースソースから情報を収集し、抽出する“情報抽出AI”と、新聞各紙の特徴を生かした文章を大量に学習し、出力する“文章化AI”を組み合わせることで、作風変換AIが構築できる。つまり2つのAIを組み合わせることで、記事化する事実は同じでも異なる書き方(出力)を可能にする作風変換AIが実現するというわけだ。

 中尾氏は「新聞社ごとの特徴だけでなく、記者やライターといった個人の文章を大量に学習すれば、それらしい書き方をしてくれるといったことも可能になるかみもしれない」と予想する。さらに「どんなAI利用装置を選ぶのかということは、記事を書く際に、どんな専門家に話を聞くのかを選ぶのに似ている」ともたとえた。

 「この作風変換AIのように、ブラックボックスとなるAI利用装置をいかに活用するかという部分に、AI発明のポイントがある」(中尾氏)

 これまでのデータ生成は、アルゴリズムを使って「Aというデータを入力すればBというデータを出力する」といったかたちで実現されてきた。「100人の平均身長を算出する」という計算も、アルゴリズムによって行われていた。だが一方で生成AIは、アルゴリズムでは導き出せないデータBを必要とする使い方に利用される。高度な専門家にしかわからなかった癌の診断を、画像認識AIによってわかるようにするといった例などがあたる。

 これを実現する際に、AI利用装置をブラックボックス化していても、AIの学習と利用には、入力データと出力データの組み合わせを数多く用意する必要がある。したがって「どんな情報をAI利用装置に入力するか」といったこと、あるいは「AIが導き出した答えから不適切な出力を削除する方法」「信頼度の高い情報を選別する方法」「著作権を侵害しない創作物を作り上げる方法」などは「発明」に該当するという。

 「教師データを生成する方法や、生成する装置そのものが発明になる場合もある。AIが処理しやすいものをつくることも発明であり、AIの出力に対して適切なものを選ぶというものも発明にあたる。教師データや入力情報、出力情報の処理はAI利用発明になる」(中尾氏)

 なお、基盤モデルなどのAIそのものの発明は「AIコア発明」と呼ばれている。

 「ここにきて、AI関連発明の特許出願数が増加しており、その多くがAI利用装置を活用する部分のものだ。便利な技術はリスクがあり、AIにも不適切な出力や情報漏洩などの課題がある。それを解決する部分の発明も特許になりやすい」(中尾氏)

AI関連発明の出願状況。近年の「第3次AIブーム」に伴って、AI関連発明の出願が急増している

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