◆au TOM'sの年間チャンピオンを支えたネットワーク
現在、KDDIは国内最高峰のレース「SUPER GT」において、36号車「au TOM'S GR Supra」を支援しているが、実はインフラだとトヨタ系チームの6台をサポートしている。本稿ではKDDIの吉田研彦氏(ソリューション事業本部 コネクティッドビジネス本部 トヨタ営業統括部|広域営業グループ チームリーダー)と、6台のマシンを統括しているTRD(TOYOTA CUSTOMIZING&DEVELOPMENT)の北林正大氏(TRD本部 TRD事業部 MS事業部 1グループ 上級主任)の2人に、SUPER GTにおけるネットワークの重要性を聞いた。
インフラの経路としては、KDDIからTRDに提供したものを、TRDから6チームが使っている。SUPER GTの全8戦に加え、プライベートテストなどでも使われているとのこと。
KDDIのサーキットでの取り組みを解説
なぜKDDI(au)とレースの名門TOM'sが組んだのか、サーキットでの電波状況の改善などを聞きました。
KDDIのネットワークを使っている6チーム
・14号車 ENEOS X PRIME GR Supra
・19号車 WedsSport ADVAN GR Supra
・36号車 au TOM'S GR Supra
・37号車 Deloitte TOM'S GR Supra
・38号車 ZENT CERUMO GR Supra
・39号車 DENSO KOBELCO SARD GR Supra
◆6チームを同じネットワークにして作業効率を上げる
コトの始まりはピットの中に無線のアクセスポイントを置きたい、チームのトレーラーや監督がいるサインエリアなども同じネットワークにしたい、というTRDの希望からと吉田氏。現在はそれらに加えてパドック側にある作戦会議をするトレーラーやパーツを運んでくるトレーラーまで同じネットワークで繋がっている。
使っているのは基本的にKDDIの「Starlink Business」であり、過去には光ファイバーなどの有線を引いていたが、サーキットごとに環境が違うのと、ピットの場所も毎戦変わるため、その都度手間がかかっていた。だが、Starlinkにしたことにより、搬入日にアンテナを設置、レースが終わったらすぐ撤収と、かなりフットワークが軽くなったそうだ。
Starlinkのアンテナはピットの上に設置し、そこからパドック側に電波を飛ばし、トレーラー側からはWi-Fiをピット側に向けて吹くという仕組みになっている。送受信するデータは車両はもちろんのこと、各ピットに給油ブーム(給油タワー)にドーム型カメラを付けて、ピット作業の映像をピットの内のNASに飛ばしている。これらの映像は各チームのエンジニアがアクセスできるようになっており、たとえばピット作業が速かった、遅れたなどの場合はどこが良くてどこが悪かったのかをTRD管轄の全チームで共有し、レースに反映できるようになっている。
SUPER GTのレギュレーションなどの都合上、映像を渡すのはレース終了後とのことだ。例外として緊急性の高い事故のときなどはすぐに渡すこともある。
なお、KDDI側からは毎戦SE部隊がサーキットに派遣され、分析用通信インフラの構築と通信監視などのITサポートをしている。
なぜKDDIの5G回線ではなくStarlinkを使っているのかというと、5Gはたくさんの来場者があるので輻輳する可能性があるため。Starlink Businessの場合、トラフィックの優先度が高いため輻輳などの心配もなく、さらにサーキットごとの電波状況の違いも均一にできるというメリットがある。サーキットは山奥にあるという性質上、5Gや4Gなどのモバイル回線が弱いところが多く、富士スピードウェイや鈴鹿サーキットは問題ないが、大分のオートポリスや仙台のスポーツランドSUGOなどはかなり電波が厳しい。このようなサーキットによる差を解消するのがStarlinkとのことだ。
Starlinkについては昨シーズンからテストで導入し、今年の第6戦 スポーツランドSUGO(9月16~17日)から本格稼働とのことなので、まだ使われて日が浅かったりする。来年はフルシーズン活躍するだろう。
◆低遅延で安定した通信でデータにアクセスしやすくなった
StarlinkにしたことによるTRD側のメリットはどうか? 北林氏に話を聞いた。
「我々は6台の車をSUPER GTで走らせていて、エンジニア1人あたり1~2台を担当しているのですが、担当していないクルマの情報はなかなか伝わってこなかったんです。このネットワークのおかげで自分が見ていないクルマの情報共有がラクになりました」
6台がどのような状況で走っているのかを情報共有するということが元々の目的だったという。KDDIのネットワークを使うことで、車体の状況、タイヤの状態といった非常に重要な情報がタイムリーに共有できるようになり、取り扱う情報量もどんどん増えてきているようだ。
「あとからデータを見直すこともやりやすくなりましたね。SUPER GTの場合、クルマが走っている間はデータが吸い取れないので、ピットに戻ってきたときにUSBメモリーをECUから抜いてデータをPCに移すということをやっています。これまでのやり方だと、データを移したあとにみんなで共有という流れだったのでタイムラグが大きかったのですが、今では誰かひとりがサーバーにアップすれば全員がすぐにアクセスできるようになりました」
エンジニア的には待たされる時間が少なくなり、ストレスも減ったという。なにより作業効率が上がったとのことなので、今年36号車がチャンピオンを獲得したのも納得だ。
トヨタ系6チームとはいえ、ライバル同士でもある。そんな状況で全チームのデータが見られるのは大丈夫なのだろうか?
「6台のデータは共有していますが、各チームが独自にやっていることはヒミツです(笑)。そこはレースですからね。たとえば、ピット作業のデータは全チームで共有しています。タイヤの置き方とか、作業の動きだとかをみんなで見てミスなく速くクルマを送り出せるように。あとトラブルのデータも共有します。公式練習中にトラブルやアクシデントが発生した場合、全チームに共有すれば対策できますから」
タイヤの情報も共有しているが、19号車のみYOKOHAMAなので、ブリヂストンを使っている5チームでの共有となっている。
そのほかに、KDDIのネットワークはどのように活用されているのだろうか。
「実はオンラインミーティングが一番需要が高かったりします(笑)。朝礼や終礼、チームミーティングなど、かなりの人数が参加します。コロナ禍になってから出張人数を絞ることになって、現地組だけでなく、家でテレワークをしているスタッフも参加するんです。ミーティングの内容は録画して、サーバーにアップしておき、参加できなかった人はそれを見て確認しています」
現地にいたとしても別のピットやトレーラーなどにいた場合は、オンラインでミーティングに参加するだろうが、それがモバイル回線だと途中で止まって大事な話を聞き逃してしまうことも。そんな不安が解消されているようだ。
今後は車内の映像をリアルタイムで解析できればエンジニアも助かると思うが、SUPER GTはF1のように何百ものセンサーを車体に付けられない。そんな中、少しでもデータにアクセスしやすくなるようKDDIのネットワーク部隊はサーキットで違う戦いをしている。
「最終的には会社にいながらデータ解析が着地地点」と北林氏は語ったが、意外と遠くない未来に実現するかもしれない。