ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第667回
HPですら実現できなかったメモリスタをあっさり実用化したベンチャー企業TetraMem AIプロセッサーの昨今
2022年05月16日 12時00分更新
MAC演算を高速化するだけでAI処理が可能
ではメモリスタを使ってどうAI処理を行なうか? であるが、理屈は簡単である。そもそもAI処理の大半はMAC(Multiply-Accumulation)演算というのはこれまでも何度か説明した通り。畳み込みのほとんどがMAC演算なので、これを高速化するだけで大幅に性能が上がる。
そしてMAC演算というのは要するにY=A×X+Bである。ここでAが係数(畳み込みニューラルネットワークならウエイトにあたる)、Bがオフセットである。ところでこのAだが、メモリスタはセル1つで11bit分(2048段階)の記憶レベルを持つ。なので、ウエイトの値をメモリスタに記憶しておけば良い。
メモリスタは先に書いたように「流れる電流に応じて抵抗値が変わる」ので、逆に記憶を固定しておけば「一定の電圧をかけた際に流れる電流が、その記憶の値によって決まる」ことになる。したがって、X(つまり入力値)に比例した電圧Eをかけた場合、流れる電流値はオームの法則により以下のように計算する。
I=E÷R(R:メモリスタの抵抗値)
ここでRの値を1÷ウエイトとなるように設定すれば、以下のようになる。
I=E×ウエイト
Eが入力値であればこれで自動的にMAC演算の前半の乗算が完了する。あとはBの分のオフセットを足してやれば、MAC演算が完了するというわけだ。
この仕組みは、MythicのNANDフラッシュを使った場合とまったく同じである。異なるのは、Mythicの場合は8bit分の記憶を1つのNANDフラッシュセルでは保持しきれずに2セルを使っていたが、TetraMemではこれを1つのメモリスタセルで実現している。
TetraMemはまず2019年に小規模なサンプルチップを製造。2020年にはやや大型化、2021年には大規模化したうえ、制御用のRISC-Vコアなどを搭載して、いよいよAIプロセッサーらしくなった。
クロスバーそのものは256×256の規模なので、64K演算が1サイクルで可能になるが、システムではこのクロスバーを複数個搭載するような構成だとする。
すでに65nmプロセスを利用したテストチップで400MHzまでの動作は確認しており、実測値で最大25TOPS/Wが確認できたとしている。
現状はまだ65nmという古いプロセスを使ってこの成果であり、今後22nm(TSMCの22ULPあたりだろうか?)を使えば60TOPS/W、14nm(SamsungないしGFの14LPPあたりか?)を使えば100TOPS/Wが狙える、というのがTetraMemの説明である。
問題はこうした先端プロセス上でメモリスタをどう構築するか? というあたりであるが、そのあたりは特許との絡みもあってか今回は説明されなかった。ただHPですら実現しきれなかったメモリスタをあっさりベンチャー企業が採用して、しかも高性能なAIプロセッサーを実現できそう、というのはなかなか興味深い取り組みであると言える。
この連載の記事
-
第803回
PC
トランジスタの当面の目標は電圧を0.3V未満に抑えつつ動作効率を5倍以上に引き上げること IEDM 2024レポート -
第802回
PC
16年間に渡り不可欠な存在であったISA Bus 消え去ったI/F史 -
第801回
PC
光インターコネクトで信号伝送の高速化を狙うインテル Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第800回
PC
プロセッサーから直接イーサネット信号を出せるBroadcomのCPO Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第799回
PC
世界最速に躍り出たスパコンEl Capitanはどうやって性能を改善したのか? 周波数は変えずにあるものを落とす -
第798回
PC
日本が開発したAIプロセッサーMN-Core 2 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第797回
PC
わずか2年で完成させた韓国FuriosaAIのAIアクセラレーターRNGD Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第796回
PC
Metaが自社開発したAI推論用アクセラレーターMTIA v2 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第795回
デジタル
AI性能を引き上げるInstinct MI325XとPensando Salina 400/Pollara 400がサーバーにインパクトをもたらす AMD CPUロードマップ -
第794回
デジタル
第5世代EPYCはMRDIMMをサポートしている? AMD CPUロードマップ -
第793回
PC
5nmの限界に早くもたどり着いてしまったWSE-3 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU - この連載の一覧へ