自動車業界の今、最大の関心事と言えば「EVシフト」でしょう。エンジン車からEVへの転換です。ここ1年ほどの間に、トヨタが2030年に年間350万台のEV販売という目標を発表し、ホンダが2040年にEV/FCV(燃料電池車)を100%にするとぶち上げ、日産/ルノー/三菱自動車は電動化のために今後5年で230億ユーロ(日本円で約3兆円)にもなる投資を行なうと宣言しました。もちろん、こうしたEVへの動きは日本だけでなく、欧米や中国にも広がっています。
そして、そうしたEVシフトの渦中というか、先頭を走っているのがアメリカの自動車メーカー「テスラ」です。イーロン・マスクというカリスマ経営者に率いられたEV専門メーカーであるテスラは、昨今の世界的なEVシフトの追い風を受けて、今まさに販売台数を大幅に伸ばしています。2021年の年間販売台数は、前年比プラス87%の93万台超。1年間で、なんと2倍に迫ろうかという急成長を遂げているのです。
そんなテスラの急成長を支えたのがコンパクト・セダンの「モデル3」とコンパクト・クロスオーバーの「モデルY」でした。このうち、日本では「モデル3」が479~717万3000円で、すでに発売されています。今回は、その「モデル3」を短時間ですが試乗できましたので、どんなクルマなのかをレポートします。
優れたスペックを誇るのがテスラの特徴
「モデル3」はテスラ社のラインナップで、もっとも小さく、そして安価なモデルです。といっても、テスラはアメリカ車なので、小さいといっても日本的にはそれなりの寸法となります。「モデル3」のサイズは、全長4695×全幅1850×全高1445㎜。日本車でいえば、ホンダの「シビック」よりも大きく、トヨタ「カムリ」より、若干短いというサイズ感。意外と大きいんですね。
グレードは、スタンダード、ロングレンジ、パフォーマンスの3モデル。スタンダードは後輪駆動、つまり駆動モーターが1つで、航続距離は565km。0-100km/hの加速は6.1秒。価格は479万円。これに対して、ロングレンジは、もっと大きな電池を積んでいて、モーターは前後2つの4輪駆動。航続距離689kmで、0-100km/h加速が4.4秒。価格は564万円。そして、パフォーマンスは、さらに電池もモーターも強力にして航続距離よりもパワーに振った結果、航続距離547kmに0-100km/h加速が3.3秒。価格は717万3000円。特徴をまとめると以下のようになります。
スタンダード
- 駆動方式 後輪駆動(モーター1つ)
- 航続距離 565km
- 0-100km/h加速 6.1秒
- 価格 479万円
ロングレンジ
- 駆動方式 4輪駆動(モーター2つ)
- 航続距離 689km
- 0-100km/h加速 4.4秒
- 価格 564万円
パフォーマンス
- 駆動方式 4輪駆動(モーター2つ)
- 航続距離 547km
- 0-100km/h加速 3.3秒
- 価格 717万3000円
実のところ、テスラは従来の自動車メーカーと違って、詳細な出力や搭載電池容量などは、正式に発表していません。モーターのスペックよりも、実際に使える性能の数値を重視しているということでしょう。
ただし、その実性能のスペックが相当に優れたものとなっています。たとえばスタンダードのスペックは、航続距離565kmで479万円。これに対して、日産のEV「リーフ」で最も航続距離の長いグレード「e+」は62kWhの電池を搭載して、航続距離が最大458km(WLTCモード)/570km(JC08モード)。価格は441万7600円~499万8400円。「モデル3」の航続距離のモードが不明という部分はありますが、価格面や航続距離の面で「モデル3」と「リーフ」は、ほぼ近いものがあります。それでいて、0-100km/h加速6.1秒はかなりの俊足です。
ちなみに「モデル3」の上級モデルとなるパフォーマンスの0-100km/h加速3.3秒は、480馬力のポルシェ「911 カレラ GTS」の3.4秒に匹敵する数値です。そして「911 カレラ GTS」は1868万円。「モデル3」は、半額以下で、同等の加速性能を持っているのです。コスパは最高ってことですね。
驚くのがクルマと人とのインターフェース
今回、毎年2月に実施される日本自動車輸入組合(JAIA)のメディア向けの試乗会にて、テスラ「モデル3」のスタンダード・モデルに試乗する機会を得ました。
最初に結論を言ってしまえば、「モデル3」は、これまでの自動車の常識をくつがえす斬新なクルマでした。EVであるという以前に、まったく新たな思想・目線で、クルマに必要な機能が取捨選択され、そして再構築されているのです。
まず、クルマへのエントリーからして斬新です。「モデル3」のキーは、カード、もしくはスマートフォンのアプリとなります。カードの場合は、Bピラーの根本付近にカードをタッチすることで、ドアのカギが解除されます。スマートフォンのアプリであれば、何もせずに、ただ近寄るだけでカギが解除されます。クルマに乗り込んだらブレーキを踏んで、シフトノブを「D(ドライブ)」に入れるだけ。イグニッションのスイッチを押す必要も、パーキングブレーキを解除する必要もありません。すべて自動。あきれるほどイージーです。
インテリアも斬新です。ドライバーと助手席の間に15インチのタッチディスプレイがあるだけ。物理的なスイッチは、なにもありません。ハンドルの裏にあるレバーも、左右にひとつずつ。右が、シフトレバーで、左がウインカー/ワイパー/ハイビーム・ロービーム切り替え。ハザードランプは、なんと頭上のルームミラーの前。ここまで、さっぱりというか何もないクルマは、ほかに見たことがありません。
じゃあ、細かい操作はどこでするのかといえば、それが15インチの巨大なタッチディスプレイです。驚くことに、助手席前にあるグローブボックスを開けることさえ、タッチディスプレイで行ないます。逆に言えば、ヘッドライトのオン/オフをはじめ、パーキングブレーキの作動など、クルマの操作は可能な限り自動になっているのです。また、急ぐ必要のない操作はすべてタッチディスプレイとしています。どうしても自動化できない&どうしてもすぐに使うものだけが、物理的なスイッチやレバーとして残っているのです。
正直、使いやすいかどうかは微妙です。いきなり乗った人は面食らうことは間違いありません。ガラケーしか使ったことのない人に、スマートフォンを渡したようなものですから。
ちなみに、15インチのディスプレイで、YouTubeやNetflixといった動画サービスを視聴したり、ゲームを遊ぶモードも用意されています。「おもちゃ箱」というアプリもあって、そこには「ブーブークッション」という「悪ふざけ」(説明として、このように表示されます)もありました。スイッチを押すと、狙った席から「ブビ~」という、少々湿った感じのオナラを模した音がします。ウェットに富んだアメリカン・ジョークってやつですね。
インテリアの質感は、以前に試乗したことのある「モデルS」よりも向上していると感じました。ただし、上質かといえば、それほどでもないな~というのが本音。ここは、今後に期待しましょう。
走りの面では、「モデル3」は、良くも悪くもアメリカ車でした。アクセルを深く踏み込めば、驚くほど鋭い加速をします。でも普通に走っていると、まったくもって平穏そのもの。ゆったり、のんびりとした走行フィーリングで、いかにもグランドツアラーなアメリカンセダンといった雰囲気が漂います。飛ばすような気分にはなりません。環境のために電力を無駄に使わないという意味では、こうしたノンビリとした雰囲気こそ正解でしょう。
ただ気になるのは、荒れた路面で上下に揺すられる感が強いこと。飛ばす人は我慢できるかもしれませんが、ゆったり走りたい人には、もう少し柔らかいタイヤと小さなホイールがいいのかもしれません。
「モデル3」の試乗を終えてみれば、印象に最も強く残ったのは斬新な操作系でした。走りという意味では速さもありましたが、基本的には普通のセダン。ただし、テスラは非常に歴史の短い新興の自動車メーカーです。その短い歴史の中で、長年自動車を作ってきた既存メーカーと変わらない“普通”を作り上げたことは、高く評価すべきでしょう。
筆者紹介:鈴木ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。
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