突然ですが、街で「ボディーサイドに金色のラインが入ったBMW」を見かけたことはありませんか? 気になって振り返ってみると、トランクドア左側に「ALPINA」という文字。アルピナと読むこのクルマ、普通のBMWと何が違うのでしょう? そこで5シリーズをベースとする「B5」というモデルを試乗したのですが……。いきなり結論を申し上げると、アルピナは「クルマ道楽の終着駅」だと断言したいほど、とんでもなくイイではありませんか! これは参りました。
アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン有限合資会社(Alpina Burkard Bovensiepen GmbH&Co )は、1965年にドイツ・バイエルン州に産声を上げました。BMWのマシンをベースとしたレース車両を製作し、1970年代と1980年代の耐久レースを中心にサーキットを席巻、その名が知られるようになりました。レースで有名になれば、その会社が手がけたクルマを求めるのが世の常。その声に応えてか、アルピナはコンプリートカーの製作にとりかかります。このような形でビジネスをした会社といえば、アルピーヌ、アバルト、AMGなどが有名ですが、それらが後に自動車メーカーの傘下、もしくはブランド名として残ったのに対し、アルピナは50年以上に渡り独立企業として2021年の今も存続しています。
現在アルピナはレース活動を行なっておらず、もっぱらコンプリートカーの製作が中心。ドイツ自動車登録局に公認された自動車メーカーとして、BMWの技術供与を受けながら、ハイパフォーマンスなクルマを生産しています。生産台数は多くて年間1700台程度。その理由は、マイスターに手によって、徹底的にこだわって作られているから。なんと1台につき1人のマイスターが完成後のテスト走行までしているという話だから、あきれるほかありません。
そんな現在日本に入っているアルピナは12車種。3シリーズや5シリーズといった、ほぼすべてのBMWをラインアップしています。気になる金額は3シリーズをベースとするB3で1229万円! 最新のM3が1324万円ですので、ほぼ同価格。そして今回試乗したBMW ALPINA B5に至っては1898万円!! ベース車となる5シリーズセダン(752万円~)の3倍弱、そして最上位のスポーツモデルM5(1814万円~)に近い価格の価値はどこにあるのでしょう? そもそもプレミアムセダンの5シリーズに、手を加える必要はあるのでしょうか? 長くなりましたが、それが本稿のテーマになります。
BMWの走りと上質さをベースに独特の世界観を構築
エクステリアは、ボディーサイドにアルピナストライプと呼ばれる金色のラインが目を惹く程度。強いて言えば、リップスポイラー、4本出しマフラーが特別装備される程度です。鍛造アルピナクラシックホイールと呼ぶ20本のスポークは、アルピナの伝統。その昔、モータースポーツ参戦時代の車両には、ホイール取り付け部分が4穴と5穴が混在していたそうで、最小公倍数の20本スポークにすれば、取り付け穴数に関係なく同等のパフォーマンスが得られるというのが始まりなのだとか。タイヤはアルピナ専用設計となるピレリP ZERO。BMWは近年ランフラットタイヤを標準装備しますが、アルピナが採用するのは、ハイパフォーマンスラジアルの方。サイドウォールの硬いランフラットではないのです。それが乗り心地やパフォーマンスに大きく影響することは、想像に難しくありません。
室内は基本的にBMWの世界観。ですが、ウッドパネルを多用するなど、独特の雰囲気が漂います。控えめながら高品位。外観も含めて「どうだ! 高いクルマだぞ」というオーラよりも「上質さ」「大人の世界」を感じさせます。ちなみにカスタマイズも可能だそうで、たとえばウッドパネルではなくほかの素材にして、というのもできるのだとか。
シートはBMW 5シリーズと同じ形状ながら、手触りはまったく異なるもの。高級ナッパレザーがふんだんに使われており「これは傷をつけたらヤバいな」と小心者の筆者はドキドキ。でも一度座ったら、一度でも触れたら、もう以前のシートへは戻れない……。そんな事を思わせる極上の座り心地にウットリすること間違いナシ。
ウットリ気分の際たるものがステアリングホイール。アルピナのロゴが所有感を満たし、ロールスロイスにも用いられているラヴァリナレザーの滑らかな手触りにさらにウットリ。ですが、それよりオドロキはステアリングホイールのステッチ。一般的にステッチは網目模様ですが、アルピナはただの線! このステッチの採用理由は手触りや操作性を求めた結果だそうで、実は普段見ることのないステッチの裏側なのだとか。しかもよく見ると、ステッチの色はアルピナのコーポレートカラーである青と緑。つまり見えないところにも関わらず、恐ろしく手間のかかったことをやっているというわけです。
ステアリングホイール周りで驚きは、マニュアルモードの変速スイッチいわゆるパドルではなくプッシュボタンということ。最初ステアリングホイールに何のスイッチがついているんだ? と触ってみたところ驚いたのですが、使い始めるとハンドルをしっかり握った状態で人差し指でポチポチするわけですから、ホールド性に寄与しているといえそう。アルピナでは、この変速方式を「スウィッチ・トロニック」と呼んでいるのですが、実はイマドキのパドルシフトが普及する以前から、独自開発して採用した機構とのこと。ミッションはZF社と協業で高トルクに耐えられるように開発した8HP76という8速ATです。
エンジンは排気量4394cc V型8気筒ツインターボ。最高出力621馬力、最大トルク800 N·mと、一見目を疑うハイパフォーマンス。ちなみにBMW M5のV8エンジンが最高出力600馬力、最大トルク750 N·mですから、上回っているというわけ。ちなみに我が国を代表するハイパフォーマンスカー、「NISSAN GT-R NISMO」が搭載する3.8リットル V6ツインターボエンジンの最高出力は600馬力、最大トルク637 N·mですから、GT-R NISMO以上のエンジンを搭載したセダンというわけです。しかもあちらは2420万円と約500万円高い!
この大パワーは、BMW流の四輪駆動技術「X Drive」を介して地面に伝えられます。ですが、その前後トルク配分などはアルピナ独自のもの。パフォーマンス関連の数字を並べると、0-100km/h加速は3.4秒、巡航最高速度は330km/h。ここで重要なのは巡航であるという点。すなわち330km/hを出して走り続けられるというわけです。さすがアウトバーンのある国で生まれたクルマです。
極上の室内、極上のパフォーマンスを誇るアルピナB5。はたしてどこで買えるの? というと、BMW公認のコンプリートカーメーカーですので、日本では青山や世田谷にあるニコル・オートモビルズ直営ショールームのほか、全国のBMWディーラーで注文できます。もちろんメンテナンスを受けることも可能。「部品代お高いんでしょ?」と思いきや、極力BMW純正部品の中から上位モデルの物を流用するなど、想像しているよりはスペシャルな部品は使われていないのだとか。もちろんBMW流の先進運転支援技術を搭載。絶対的な価格は高いのですが、見れば見るほど、知れば知るほど同価格帯の他社プレミアムブランドのクルマに比べ、お買い得に思えるから不思議です。
この連載の記事
-
第483回
自動車
【ミニバン売れ筋対決】ホンダ「フリード」とトヨタ「シエンタ」の良いところと微妙なところ -
第482回
自動車
これがBMWの未来! フラッグシップEVの「iX」は乗り心地良すぎで動くファーストクラス -
第481回
自動車
アルファ・ロメオのハイブリッドSUV「トナーレ」はキビキビ走って良い意味で「らしく」ない -
第480回
自動車
独特なデザインが目立つルノーのクーペSUV「アルカナ E-TECH エンジニアード」はアイドルも納得の走り -
第479回
自動車
レクサスのエントリーSUV「LBX」は細部の徹底作り込みで高級ブランドの世界観を体現した -
第478回
自動車
レクサスの高級オープン「LC500 コンバーチブル」は快適さのその先を教えてくれる -
第477回
自動車
BMWの都市型SUV「X4」は直6エンジンならではのパワフルな走りがキモチイイ! -
第476回
自動車
最新のマツダ「ロードスター」は乗った誰もが乗り換えを検討するレベルのデキの良さ -
第475回
自動車
EV=無個性ではない! BMWのEV「iX3」は剛性ボディーが魅力のミドルサイズSUV -
第474回
自動車
ルノーのコンパクトカー「ルーテシア E-TECH エンジニアード」は軽量でパワフルでスポーティー! -
第473回
自動車
ホンダの大人気ミニバン「FREED」に乗ってわかった5つの良くなったポイント - この連載の一覧へ