ベクトル拡張命令を搭載するET-Minion
完成は間近?
さて、一方のET-Minionであるが、こちらは詳細が未だに発表されていない。ただメインのコアはIn-Orderで、おそらくはSingle Issue(つまり1命令デコード/1命令実行)のシンプルなものである。その代わりベクトル演算とテンソル命令などを拡張した形になっている。
SMTをサポートし、実行時にメモリーアクセス待ちなどが発生した場合はスレッドを切り替えて実行可能なスレッドを実行する形でメモリーアクセスのレイテンシーなどを遮蔽している構造だ。
以上のように、ET-Minionの肝はベクトル演算である。厳密に言えば、現時点でまだRISC-V Vector Extension(RVV) v1.0はリリースされていない。一応RVV v1.0とRVV v0.9の差分はある程度固まっているので、RVV v0.9にこの差分を反映させれば、かなりRVV v1.0に近いものになる。
SiFiveやAndesTechは、すでにRVV v1.0をサポートしたとしているが、これがどの程度v1.0なのか(日本語が変だ)はよくわからない。
さて、このRVVの仕様策定にEsperanto Technologiesは当初から参加しており、Vector Extension Task Groupという仕様策定グループの副議長に同社のRoger Espasa氏が参加しているほどだ。
とはいえ、この仕様策定を待ってから作業していたら間に合わないので、おおむね自社でベクトル命令を実装したうえで、後からこれをRVVで利用できるようにすり合わせるという普通と逆の手順で作業していると思われる。でなければ、そもそもデモが実施できるわけがない。
こちらに関する発表、それとET-Maxion/ET-Minionを実装したコアの検証/デバッグ手法に関する発表などは2018年以降も積極的に行なわれており、完成が近いことを予測させた。
発表された「ET-SoC-1」は
とにかくコアを並べて数で押す力技
そのEsperanto Technologies、今年12月8日に開催されたRISC-V Summitで初めて同社のET-SoC-1を発表した。ET-SoC-1は、1088個+1個のET-Minionと4個のET-Maxionから構成される。
外部I/FとしてはDDR4xを8ch、合計32GB接続できるほか、PCIe 4.0のI/Fを持つ。この規模だと2017年に発表された4096コアには到達しないのだが、実際にはこのET-SoC-1を2枚装着したカードを3枚(つまりチップは合計6枚)搭載できるボードの試作品も公開されており、これ1枚でET-Minionを6528コア搭載したシステムになる。
TSMCの7nmで製造され、総トランジスタ数は238億個と説明されている。キャッシュやSRAMの類はあまり搭載されていないようで、果たしていくらSMTとは言えメモリーアクセスのレイテンシーをどこまで遮蔽できるのかは疑問であるが、発表したArt Swift CEOによれば「レコメンデーションのような推論では既存のプロセッサーの50倍、画像認識などでは30倍の性能が期待できる」としている。
この「期待できる」というのは、現時点での数字はまだエミュレーション動作をベースにしたもので実機での測定結果ではないことだ。実機を利用して、主要なネットワークでのベンチマーク結果が出てくるのは2021年まで持ち越しになるだろう。
昔の上司と部下が再集結した
Esperanto Technologies
ところでいつの間にかCEOはDitzel氏からSwift氏に代わっていたことに「あれ?」と思う読者も居られよう。実はDitzel氏は2019年11月に代表取締役会長になり、社長兼CEOはArt Swift氏に変わっている。
そのArt Swift氏とは何者かというと、実はTransmetaでDitzel氏の下で働いており、その後Wave ComputingでMIPSライセンス担当VPに就任、2019年5月にCEOに昇格するものの9月に辞任している、という話は連載568回でも触れた通りだ。
Wave Computingを辞任した後でまずはEsperanto TechnologiesにMarketing and Business Development担当VPとして入社、2019年11月にCEOに昇格している。昔の上司と部下の関係が復活した形である。
ついでに言えば、今年12月9日にChief Data Scientist兼ソフトウェア部門のVPとして入社したJin Kim氏、前職はWave ComputingのVP and Chief Data Scientistであった。要するにWave Computing時代にSwift氏と上司部下の関係だったわけだ。
なんというか業界が狭いというかグルグル回っているというか。そんなWave Computingは市場から撤退していったわけだが、さてEsperanto Technologiesはどうなるだろうか?
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