評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『Labyrinth』
Khatia Buniatishvili
ジョージア(グルジア)出身のカティア・ブニアティシヴィリは、圧倒的にビジュアルなピアニストだ。フランスのプロダクションが制作したメータ/イスラエルフィルとのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番の4K映像を見たが、音楽の素晴らしさもさることながら、むちむちボディにくらくら。
彼女の新作はクープラン、スカルラッティ、バッハなどのバロック期の作品からモリコーネ、ペルト、ゲンスブールと新旧の作曲家の、色とりどりの作品集「Labyrinth=迷宮」。先月はチック・コリアの、クラシックからジャズまでのライブ作品をご紹介したが、そのクラシックバージョンが、これだ。
冒頭の「1.Deborah's Theme (From "Once upon a Time in America")」の柔らかい低音の一撃でまずは、参りました。深く、広く、どこまでも続くような静かな響きの衝撃。美しいメロディがたゆたうように、ゆっくりと綴られる。この遅さで、ここまで耳目を熱く引きつけられるのがカティア・ブニアティシヴィリのアートだ。「2.3 Gymnopedies: No. 1, Lent et douloureux」のサテイの世界をこれほど叙情的に、そして思索的に弾けるピアニストが他にいるだろうか。
「3.Prelude, Op. 28, No. 4」のショパンのプレリュード。半音階の哀しみの和音進行がもたらす、深い耽溺。心が揺すぶられる。「6.Air on the G String from Orchestral Suite No. 3 in D Major, BMV 1068」。いわゆるG線上のアリアは、彼女のピアノに掛かると、もう悲しみの極致のような気分だ。「17.4'33"」は完全な無音だ。スタジオに座っているのだろう。エアコンだろうかアンビエントなノイズはある。鳥の声がかなり入っている。最後にしっとりとニ短調のバッハのピアノコンチェルトで終わる。うーん、傑作だ。2020年6月16~20日、フィルハーモニー・ド・パリ、グランド・サルで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
『GoldbergReflections』
Niklas Liepe
NDR Radiophilharmonie
Jamie Phillips、Nils Liepe
ドイツのバイオリニスト、ニクラス・リーペは万人の予想を超えた過激な発想で、アルバムをつくる。第1弾が、パガニーニの無伴奏24のカプリース全曲を15人の現代作曲家、編曲家に委嘱した「Paganini パガニーニ / 24のカプリース全曲~現代の様々な作曲家による管弦楽伴奏版」。刺激的プロジェクト第2弾が「ゴールドベルク変奏曲」だ。ゴールドベルグの編曲版は数多いが、本作は幾重にも仕掛けが施されている。リーペの委嘱にてアンドレアス・N・タルクマン(1956年ハノーファー生まれのドイツの作曲家)が、ゴールドベルク変奏曲からインスパイアされたソロ・バイオリンと弦楽オーケストラ用の13の新作変奏曲を作曲。それらがオリジナルの編曲版の間に挿入される。
原曲では慎ましいアリアが、豪華な前菜となって華やかに始まる。アリアでさえそうだから、第1変奏のカラフルで、華やかな弦の饗宴は、まさに現代に甦ったゴールドベルグの艶姿だ。その音運びと量感はパガニーニもやと思わせられる。新作の「3.Dialogue with Bach - A GoldbergReflection for Violin, Harpsichord & 14 Strings」は、バッハというよりヴィヴァルディの「冬」の第3楽章を彷彿。迫り来る追っ手から、いかに逃げるかのような遁走的な曲想だ。
第7変奏は、軽やかに舞曲のよう。「6.Goldberg Hallucination Remix for Violin & 18 Strings」はまるでゴールドベルグの亡霊だ。「9.Goldberg's Last Summer for Violin, Piano and String Orchestra」はアリアの一部の旋律と、合奏協奏曲の第3楽章のようなオブリガードと、短調のもの悲しい旋律が奏される。「11.Sleepless after J.S. Bach for Violin & String Orchestra」は北欧のバッハという感じ。録音はきわめてクリヤーで明瞭。
FLAC:48kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
私は原田知世の、短編小説の主人公を演じるように歌う、ラヴ・ソング・カヴァー『恋愛小説』シリーズが大好きで、本欄でもこれまで『恋愛小説』(2015年)、『恋愛小説2~若葉のころ』(2016年)を採り上げ、高く評価してきた。アイドルがいかに大人の歌を歌えるかは、その歌手の人生設計でとても大切なことだが、原田知世は役者として「演じられる」のが強い。『恋愛小説』シリーズはその曲の世界観を、原田が素直に演じ、そのまま自然体に恋愛世界に入っていける(当人も、聴き手も)のが、とても心地好い。
大貫妙子がハーモニーでデュエットする「2.ベジタブル」は、大貫の世界が自然体に感じられて好ましい。「3.小麦色のマーメイド」は松田聖子とはまるで違って、少しけだるくブルージー。佐藤浩市のピアノとデュエットする「5.新しいシャツ」も、ナチュラルで素敵だ。少し音程は低いが、その落ち着きと端正が聴けるのが嬉しい。音調も、化粧を排したナチュラルトーン。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『Sunset In The Blue』
Melody Gardot
2015年の『カレンシー・オブ・マン~出逢いの記憶~』以来、5年振りのニューアルバム。グロッシーでシルキーな音色が、大人の女の世界を豊かに紡ぐ。一曲目の自作の「1.If You Love Me」から、すでに独特な都会的なジャジイな世界だ。間奏のトランペットも素敵だ。優しさと、一抹の寂寥感がミックスしたタイトルチューンの「6.Sunset In The Blue」も大人の感覚で、佳い。これは、ノラ・ジョーンズの「ドント・ノー・ホワイ」の作曲者ジェシー・ハリスと共作した曲だ。ギターだけの伴奏の「11.Moon River」も、しっとりと心に染みいる歌声だ。録音はボーカルの音像が大きく、輪郭も明瞭だ。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Decca(UMO)、e-onkyo music
中島美嘉はずっと聴き続けているが、バラードはこれまでは「桜色舞うころ」に代表されるように、少しはなかく、かそけき声の質感だったが、3年振りの新作は、声質に量感と剛性感が加わり、しっかりとした安定感が感じられるようになった。音の表面のすべやかさは相変わらずだが、内実が緻密になった。「2.A or B」の明確さ、くっきりとした突きぬけ感、鋭い切れ味は、まさに中島美嘉ならではのもうひとつの持ち味だ。音的にはボーカル音像は大きいが、これにクリヤーさが加わるとさらによいだろう。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Labels Inc.、e-onkyo music
『アランフェス Aranjuez』
河野智美
東京フィルハーモニー交響楽団
梅田俊明
2020年1月29日に東京・サントリーホールでのライブ収録。これまでギタリスト、河野智美のアルバムを4作を制作してきたアールアンフィニ・レーベルが、初のオーケストラ共演によるライブ録音に挑戦。オーケストラと共演するギターは、実演でも録音でもバランスがたいへん難しい。そもそも、かそけき音のギターは、実演でもエレキのPAの力を借りなければならない。レコーディングでも、小音量のギターと大音量のオーケストラをいかにバランスさせるか、そこにホールトーンをどのように含ませるかは、いつの時代も録音家を悩ませる大きな問題だ。本録音は、ギターに真ん前にマイクを置き、マッシブなオーケストラとの音量的なバランスを獲得している。ライブらしいソノリティがきれい。アールアンフィニ代表の武藤俊樹氏にインタビューした。
「今回のレコーディング曲はギター曲の中で最高峰の名曲であり、さらに数多あるクラシック曲の中でも最も有名な曲の一つと言っても過言ではないアランフェス協奏曲なので、古今東西たくさんの録音が残されています。当然リスナーには、過去のCDやLPと比較されるので、プロデューサー、エンジニアとしてもハリのむしろですね。
マイキングは企業秘密なので詳しく書けませんが、いかにギターとオーケストラの距離感、適切なアンビエンス量、適切な楽器の定位等をバランスさせるかに心血を注いでいます。今回はライブレコーディングで、ソリストの河野智美さんが補助的ではありますがPAを使ったので、その音の回り込みをいかに回避しながら、生音優先で録れるかということもチャレンジングでした。当然PAから出る音と生音では、時間軸のズレが生じるため、極力排除しました。
ライブレコーディングは、セッションレコーディングのように、メイクアップセッションの時間が充分には取れないので、まさに時間との戦いです。マイキングや各フェーダーのレベル設定、ミキシングのバランス等全体の進行を、いかに効率良く短時間で行うかということが重要で、スピードが求められます。結果はCDやハイレゾでしか世に問うことは出来ないので、それが全てであり、言い訳は出来ません。幸いにも、アーティストやファンの皆様、音楽関係者各位様の評判はとてもいいようなので、ホッと胸を撫で下ろしています」
FLAC:384kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:384kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit、5.6MHz/1bit、2.8MHz/1bit
ART INFINI、e-onkyo music
声の円熟っていったい何だろうと思わせられるアルバムだ。新曲以外はエバーグリーンともいえる35年以上前の名曲であり、それ自体が確固たる芸術的存在を持つ。その現代版は、ひじょうにこってりとし、表情がとても濃密になった。それは歳と共に獲得する歌い手としての表現力の深さであり、まさに成熟だ。松田聖子の場合は、もうオリジナル版自体が永遠の曲だから、それはそのまま封印し、さらに現在の成熟が聴けるという稀有な音楽性が圧倒的だ。今の松田聖子のために作った「風に向かう一輪の花」は、今の等身大の(無理して昔の曲を歌わなくてもよい)存在感そのままの曲であり、まことに40周年アルバムにふさわしい。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『plays Coltrane』
片倉真由子、粟谷巧、田中徳崇
東京をベースとするDays of Delightが、九州のうきは市の白壁ホールに遠征。ドラムスの田中徳崇氏が福岡の山奥に移住し、ミックスなどエンジニアワークも始め、白壁ホールとの関係ができた。数日のセッションで、田中氏がドラムス演奏、録音もミックスも担当したコルトレーンのカバー集。
いつもなら、サックスで奏される旋律が、ピアノになるとかなり違う雰囲気だ。サックスの粘っこさはなく、音の立ちがシャープなピアノは明確で力強い。ピアノはまさに打楽器であり、その微視的に刻まれるリズム感が、サックスとは違う質感だ。音はトリオの各楽器が明瞭に主張と音像を持ち、明確にフューチャーされている。東京で録ったDays of Delight作品より、剛性感が明確で、音の切れも鮮明なのは、田中エンジニアの音のコンセプトと聴く。明瞭で、クリヤー、歯切れが尖鋭な音だ。特にドラムスの演奏がよく聞こえる。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Days of Delight、e-onkyo music
e-onkyo musicでのマイスターミュージック作品のセレクション用に、全作品を聴いた。特に印象に残っているのが工藤重典、福田進一の作品数の多さだった。最新作の本作品は実に生々しい。ギターとフルート音のビビットさに加え、会場に拡がるアンビエントがたいへん美しい。ライナーには「音の指向がめまぐるしく変化するフルートと、撥弦楽器のギター。響きの質が異なり、音量差ある二つの楽器を、聴感豊かな響きでレコーディングするのは非常に困難が伴います」とある。ゲアールマイクはワンポイントだから、後はマイクの高さ、楽器の距離、反射板の使い方……などのマイキング・テクニックが要求される。ギターを近くに、フルートを離して録音したのであろう。直接音主体のギターに比べ、アンビエントが豊富に入ったフルート---という響きと音調の違いが聴ける。録音時の工夫を楽しむのも、マイスターミュージック作品を聴く、もうひとつの楽しみだ。
FLAC:384kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
南佳孝+杉山清貴のデュオアルバムの第2弾だ。2017年に初リリースの『 Nostalgia 』が好評を博し、その後、毎年の2人のジョイントライブも定着した。本アルバムでは書き下ろし新曲5曲のとThe Beatles、フィル・スペクターなど5曲を収録している。
「1.My Sunshine Girl」(作詞・作曲は南佳孝)の冒頭のアコースティック・ギターとパーカッションの音を聴くだけで、これはただもののアルバムではないことが、識れる。センターに大きな音場で定位する二つのボーカルが、たいへん明瞭で、何より音の粒立ちがビビットにして、その拡散が勢いよい。音像も的確に描かれ、音場の透明度も格段にクリヤーだ。楽団の描写も明瞭だが、特にソロ楽器のフューチャー感が明確。
「3.Ask Me Why」はまさにマージービート。ビートルズ的な編曲で、昔の華やかさを彷彿させる佳曲の佳演奏だ。坂本美雨をメインボーカルに迎えたフィル・スペクターの「5.To Know Him Is to Love Him
FLAC:96kHz/24bit
WAV:96kHz/24bit
キャピタルヴィレッジ、e-onkyo music
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